Toy child2 – Remember your hand

01- 1 予感

 デスクの上に日差しが伸びてきたのを見てそろそろ正午あたりかなとカインは頭の隅で思った。
長い指でせわしなくキイを弾きながら、合間にすばやく指をボードの角のボタンに走らせると日差しがストンと遮られたのを感じた。
床から天井まで見事にはめ込まれた一枚板のガラスの上半分が「きちんと」スモーク状態になったのだ。
そう分かっていたのに手を止めてしまった。ちょっと疲れたのかもしれない。
時計を見ると予想より一時間も遅く午後1時を回っている。
思わず「ふう」とかすかな息を漏らした。
右手で首の後ろを少し押さえて立ちあがり、窓辺に寄って透明なままの足元を見下ろす。
ずっと下に小さく点のような人の姿が見える。向かいのビルのモールのある階で5歳くらいの子供が母親に手を引かれて歩いている姿をガラス越しに見つけて、彼はかすかに笑みを浮かべた。
子供は生まれている。どんなに出生率が下がっていても、「まだ」子供は生まれている。そのうち何人が寿命をまっとうできるかは分からないにしても。
結果が出るのが何年先になるかは見当もつかないが、環境改善を一番に考えて仕事にシフトしてきた自分は間違ってはいないのだとカインは自分自身に言い聞かせる。
ケイナとセレス、アシュアとともに走り抜けた1年半の生活。
『ノマド』で過ごしたほんのわずかの期間。
10代の多感な時期に得たあの記憶は心の中から消え去ることはない。
それは今の自分を成り立たせている大切な記憶なのだとカインは思う。
 ふと背後に人の気配を感じて顔を巡らせた。
視線の先に見慣れた濃いグレイのスーツを見つけてカインは再びデスクに向かった。面倒な人が来た、と思わずあからさまに眉をひそめてしまう。
「社長さん、そろそろ昼めしを食べに行きませんかね」
ヨクはいつも通りの笑みを浮かべて大股にデスクのそばに歩み寄ってきた。
「朝は何時から来ていたの?」
彼は目尻に深い笑い皺を刻みつけながらデスクの対面からカインの顔を覗き込んできた。
「今日は10時」
カインは彼に目を向けず、モニタを見つめながら指先をキーボードに滑らせて答えた。
「めずらしい」
ヨクは意外そうに目を丸くした。そして「ああ」というようにうなずいた。
「ティと一緒だったっけ? ゆうべは。そうじゃなきゃ、だいたいいつも7時くらいにはオフィスにいるよな」
「食事をしただけだよ。そのあとは疲れたから家に帰った」
変な想像をするな、とカインは彼をちらりと睨んで答えた。カインの特徴ある切れ長の目で睨みつけられるとたいがいの人間は少し身をこわばらせるがヨクはびくともしない。
「食事しただけで家に戻ったって?」
彼はあきれたように首を振った。少し白いものが混じる豊かな黒い髪がゆらゆらと揺れる。
「食事して家に戻った? 疲れたから? 男として最低だね、そりゃ」
「疲れたのはティのほうだよ」
カインは少しうっとうしそうに眉をひそめた。
「誰の作った会議資料のせいで彼女が苦労していたと思ってるんです?」
ヨクは首をかしげた。
「さあ? 想像もつかないな。あの可愛い子を苛めるような男はこの世には存在しないと思う」
笑いながらそう言ってデスクから離れると、ヨクは革張りのソファの上にどっかりと腰をおろした。
カインはそれをちらりと見て呆れたように小さく首を振った。

次の投稿
01-2 予感