18-03 水の青-エピローグ

 ダム湖が見えてきてカインはプラニカを砂浜に下ろした。ユージーのプラニカは既に着いていて、サナが砂浜に足跡をつけて遊んでいた。
ユイが彼女の姿を見つけて走り寄った。ふたりとも同じジュニア・スクールだったので仲がいい。サナは年齢よりもかなり大人びていて、ユイよりもずっと上に見える。落ち着いた物腰は父親であるユージーに似たようだ。
ユージーがアキラを見て笑みを浮かべた。
「久しぶりだな。仕事は慣れたか」
アキラは微かに笑ってうなずいた。
「ええ、少しずつですが」
「なんだか、どんどんおやじそっくりになっていくな。昔のカインを見ているみたいだ」
ユージーはアキラの頭の先から足の先までを見て言った。アキラは確かにカインによく似ている。仕草までも似ているので、カイン自身も母親であるティもびっくりすることがある。
「サナの進路は決まったんですか?」
カインが尋ねると、ユージーは肩をすくめた。
「ユイと同じ『スクエア』がいいんだと。『ライン』は性に合わないらしい」
「へえ?」
カインはサナに目を向けた。父親譲りの黒髪が風になびいている。ユイと何やら話をしてくすくす笑っている顔は大人びてはいてもやはりまだどこかあどけない。
「『スクエア』で医療関係に進みたいらしい。世話になるかもしれないからよろしくな」
「リィを志望してくれるのなら喜んで」
カインは笑みを浮かべてうなずいた。
サナとユイの小さな笑い声を聞きながらダム湖の水平線に顔を向けた。
空がゆっくりとオレンジ色に染まっていく。
あの日もこんな感じだった。
沈んでいく夕日を見ているとそのまま20年前に戻っていくような気がする。
やがて夕日の中にぽつりと小さな黒い点が見えた。
カインは無意識に自分の胸元にあるケイナのネックレスを手で確かめていた。
点は次第に大きくなり、機影が確認できて10分後にそれは水際に着陸した。
最初に降りてきた人影を見てカインは思わず息を呑んだ。
横に立つユージーからもさっと緊張が伝わる。
夕日を背に降りてくる黒い影はケイナだった。続いてふたり降りてくる。
近づいてくる3人を見てカインたちは声を無くした。
「ケイナ……」
20年前と変わらない姿……? いや、違う。彼は金髪に青い瞳だった。
目の前に立つ少年は栗色の髪にかすかにグリーンがかかった茶色の瞳だ。
後ろから歩いてくるふたりは顔がそっくりの男女だ。ブランとダイだろう。
「カインさん、やっと会えたね」
ブランはリアそっくりの顔で笑みを浮かべてカインを見た。
もうすっかり大人になった彼女は昔のようなこましゃくれた雰囲気はない。
隣にいるダイも思慮深い面立ちの男になっていた。くるくるとした巻き毛がアシュアを思い出させた。
「さすがにここまで来るのに半年かかったわ。何度も時空飛行して吐きそうになったわよ」
ブランはそう言うとくすりと笑った。
カインはケイナそっくりの少年に目を移した。
「彼、名前はケイナ。お父さんからそのままもらったの」
カインの視線にブランが言った。
「お父さん……?」
カインはつぶやいた。
「そうよ。ケイナとセレスの息子よ」
それを聞いて、カインもユージーも呆然とした。彼の耳にはあのときの青いピアスが光っている。
少年は少しはにかんだ表情を見せながらカインに手を差し出した。
「初めまして…… ケイナです」
カインはその手を握り返しながら、まだ呆然として彼の顔を見つめていた。
彼はユージーにも握手を求めた。ユージーの表情も不思議そうだ。時間が止まってしまったような錯覚を覚える。
「父と同じ名前なので、よく混乱したんです。でも、母が絶対この名前だと聞かなかったらしくて」
『ケイナ』は笑った。
「あの…… ケイナとセレスは……」
カインが尋ねると、息子のケイナはカインの顔を見た。
「父は、5年前に亡くなりました」
くらりと眩暈がした。死んだ? ケイナが?
「いったいどうして……」
つぶやくと『ケイナ』は少し目を伏せた。
「眠ったまま、朝にはもう冷たくなっていました」
言葉が出なかった。ユージーも青ざめた顔で呆然としている。ティが震える手でカインの腕を掴んだ。
「母は、3年前に亡くなりました。衰弱死です。父が死んでからあまり食べ物を受け付けなくなって……」
目の前にいるこの子はケイナそっくりなのに…… ケイナ自身はもういない。
「カインさん、悲しまないで ……これがふたりの決められた寿命だったの」
ブランが言った。
寿命だなんて…… ケイナはわずか33歳ではないか。眠り続けていた7年分をくわえても40歳だ。あまりにも早すぎる。
「知らせる手段はいくらでもあっただろう」
ユージーが思わず非難めいた口調で詰め寄ったので、ブランが悲しそうな表情で彼を見た。
「ごめんなさい ……船には、一切の通信機器はないの……」
「それでも…… それでも、今、ここに戻って来ているんだ。その前に戻る手段がなかったわけじゃ……」
言い募ろうとして、ユージーは言葉を切ると口を引き結んだ。
もう、何を言っても遅い。ケイナはいない。
「……ごめんなさい」
彼の辛そうな表情に、ブランは微かに頬を震わせた。
「ケイナは……苦しまなかったんだな」
搾り出すような声で言うユージーの顔を息子のケイナが見た。
「ええ。伯父さん…… 本当に夜、眠ったまま父は……」
その言葉にユージーの顔が歪んだ。彼は腕を伸ばすと半ば乱暴に引き寄せてケイナの息子を抱きしめた。初めて見る父親の姿に娘のサナがびっくりしたような顔になり、ティが鼻をすすりあげる。
「……アシュアは?」
カインがブランに目を向けて尋ねると、ブランは横のダイにちらりと視線を向けて再びカインを見た。
「父ももうあまり長くないの。母がずっとそばについています ……ごめんね、カインさん…… 約束を守れなくて……」
カインはうなずいた。泣くまいと必死になって涙をこらえた。
ブランはそんなカインを見つめながら数歩彼に近づいた。
「ここにいられる時間はそんなにないの。だから言うわ」
全員が彼女に目を向けた。