18-02 水の青-エピローグ

 20年の月日は瞬く間に過ぎた。
「寒いかしら」
窓の外から空を見上げながらティがつぶやいた。
3年前にドームの一部が解除されてから気温の変化が大きくなった。
「そろそろ行くよ」
カインが言ったので彼女は上着をとりあげた。
「アキラ、ユイ、行くわよ」
ティは子供たちに声をかけた。
「最後なのはお母さんだよ。早くして!」
少女の甲高い声が聞こえてティは慌てて飛び出した。外のプラニカの脇に立つ少女の隣に黒髪の背の高い少年が立っている。
カインとティは結婚してふたりの子供を授かった。
カインそっくりの黒髪と切れ長の目を持つアキラは今年で18歳になる。
妹のユイは15歳だ。栗色の髪とふっくらした唇を母親から受け継いだ。
アキラは昨年から仕事に参加するようになった。
ふたりの名前はヨクがつけてくれた。アキラは漢字で太陽と月を象徴する意味があるし、ユイは結ぶという意味があるらしい。繋ぎとめ、明るく照らす子供たち。ヨクはそんなふうに言って照れくさそうに笑った。
ふたりが生まれたとき、ヨクは自分の孫ができたように喜んだ。
もう今は引退して一人暮らしをしている彼に月に一、二度会いに行くことがカインたちの習慣になっていた。ユイはかたことで言葉を発するようになってからヨクのことをずっと「おじいちゃん」と呼ぶ。彼女はつい最近までヨクのことを本当の祖父だと信じていたらしかった。
そのヨクももう70歳近くになる。
一人暮らしは心配だから一緒に住もうと何度も言ったが、彼はそのたんびに突っぱねた。
ティが煙草嫌いなので煙草をやめることができないヨクは一緒に住むことで何度もティに注意を受けてしまうことを想像してうっとうしく思うようだった。
「今さら取り上げようなんて思わないわよ。度を越さなければ」
ティは苦笑したが、やはり頑なに同居を断った。彼自身のプライドもあるのかもしれない。年寄り扱いされるのが嫌なのだ。
今日は、いつもの習慣が変更になった。アシュアとの約束の日だったからだ。
ヨクには帰りに寄るからと伝えて、カインは家族を乗せてプラニカを出した。
本当に来るのだろうか。カインは半信半疑だった。あれから20年もたっている。
アシュアの書いていた通り船は確かに出たようだった。レーダーに影は映らなかったが、離発着のない時間にかなりのエネルギー周波の残像のようなものがエアポートで捉えられていたとクルーレが教えてくれた。おそらく捉えられたときにはとっくに旅発ってしまったあとだったのだろう。
アシュアからの手紙を読んだあと、カインはユージーに会って手紙を見せた。
ユージーはそれとなく『ノマド』たちがいなくなることを感づいていたようだが、最後まで明確なことは分からないままでいたらしい。
「『A.Jオフィス』が相当加担していたみたいだが…… この件についてはガードが固かった」
ユージーは不機嫌そうに言った。
「分かっていれば、行かせなかった。カートを見くびりやがって……」
悔しそうにつぶやきながら、急にぷつりと糸が切れたように彼は泣き崩れた。
ユージーは決して泣かない人だと思っていたカインは少しびっくりした。
押し殺したように声を漏らして泣く彼の姿をしばらく見つめて、カインはそっと部屋を出た。彼を慰める言葉を見出せなかった。しばらく俯いてオフィスのドアの前に立ち尽くしていたが、結局帰るために足を踏み出した。
涙が溢れそうになったのはプラニカに乗り込んだときだった。走り抜けた年月が一気に押し寄せる。彼は必死になって涙をこらえた。なぜこんなにも泣くことを拒んでいるのか自分でもよく分からなかったが、意地でも泣くまいと思った。
命の操作をしてはならないと言う『ノマド』が最後に自らの命を操作する。
その選択は決して納得できるものではない。
彼は口を引き結んでプラニカのハンドルを握った。

 カインがティと結婚した1年後、ユージーも結婚した。相手はクルーレの娘、ルージュだ。ダフルが亡くなったあと何度か会っているうちに意気投合したらしい。
ルージュは濃い眉と高い鼻梁が父親であるクルーレにそっくりで、表情があまり出ず冷たい感じがする。だが、話をするととても穏やかで優しいとティは言っていた。父親に似たがために小さい頃から友達を作るのが一苦労だった、と冗談めかして話したらしい。
今日はユージーの家族もダム湖に向かっているはずだ。
ユージーの娘、サナは13歳になる。クルーレが早く二人目を作れとうるさい、と前にユージーがこぼしていた。
「おやじが生きていてもああなったかな。サナを前にするとあの顔が実にだらしなくなるよ。ルージュはしょっちゅう甘やかせるなと怒ってばかりいる」
そう言うユージーも娘が可愛くてしようがないようで、今まで見たこともない彼の表情に思わず顔がほころんだのを思い出す。