17-09 最後の言葉

 湖岸の砂浜では全員が固唾を飲んでアシュアのバイクを見つめていた。
アシュアが体を後ろにねじってケイナを抱きかかえるようにしてバイクのハンドルを握っている姿を見て、やっと緊張が解けた。
ケイナが無事だった。
アシュアは静かにバイクを降り立たせると、ケイナを支えながら砂浜に足を下ろした。
「ケイナ!」
セレスが駆け出した。
勢いよく懐に飛び込んで来たセレスを受け止めきれず、ケイナはセレスと一緒に砂浜にがくんと膝をついた。全員が近づく気配を感じて、彼は半ば放心したような表情で顔をあげた。
何かを言おうと口が動いたが、声は出てこなかった。
「ケイナ…… 無事で良かった……」
カインが声を震わせながら言った。
ケイナは小刻みに震えながらその顔を見つめ返した。
切れ長の黒い瞳は変わらなくても、10代のときとは違う大人びた表情になったカイン。
彼の声はいつも落ち着いていて、物腰も冷静だった。そんな彼が近くにいたから自分も安心できたように思う。
ケイナはゆっくりとまばたきをしてカインから目を離すと、顔を巡らせひとりひとりの顔を見つめていった。
隠された左目、喉についた発声装置…… 幼いときに髪をくしゃくしゃと撫でるようにする仕草。凛とした声、顎を引いて大股に歩く癖。兄としてずっといてくれたユージーの顔。
燃えるような赤い髪のアシュア。自分は眠りにつく前も、そして目覚めてからも、どれほど彼に信頼を寄せて彼を頼りにしたことだろう。アシュアがいてくれたからこそ乗り越えられたことが数えきれないほどある。
動揺を目に浮かべているクルーレ。
そうだ。
クルーレに渡さなければ……
ケイナは小さく震える手をぎごちなく彼に差し出した。
「クル…… レ…… かえ……」
掠れた声でそれだけしか発することができなかった。
クルーレの大きな手が伸びてきた。彼は負傷していない手で冷たくなったケイナの手を包み込むと、彼の顔を覗きこんだ。
「ダフルが…… 最後のわたしへの通信で言っていたことがある」
クルーレは言った。
「ケイナ・カートという人は、自分をアンリ・クルーレの息子ではなく、ダフル・クルーレとして見てくれる人だと」
ケイナは唇を震わせた。
「誇らしげな顔だったよ」
ケイナはクルーレの大きな手にダフルの人形を置いた。
必死になってこらえながらもクルーレの顔は今にも泣き出してしまいそうだった。
クルーレだけではない。
全員が、帰ってきたケイナと、戻らなかったハルド・クレイの命の重みに堪えていた。
クルーレが腕を離したあと、ケイナは自分の顔の下にあるセレスの頭に頬を押しつけた。
彼女の体温が冷えた体に伝わる。右腕はもう自分の腕ではないのに、彼女の細い体の感触を感じ取る。
守りきれなかったもの。守らなければならないもの。
きっと繰り返し思い出し、考えていくんだろう。
目が覚めると『明日』がくる。
『明日』がくるたび思い出し、そして生きていく。
ハルドさん、あなたの手をどこかで握り締めることができていたら、あなたは元に戻ることができただろうか。
おれが呼び戻せても、あなたは同じ道を選んでしまったのだろうか。
ダム湖の水平線に日が沈みかけていた。
ゆっくりと広がっていくオレンジ色の光をケイナは見つめ続けた。

―― お兄ちゃん、あたしたちと一緒に帰ろう ――

ブランの声が聞こえた。