17-08 最後の言葉

―― ケイナ、変なこと言わないでくれよ ――

ダフルの声だ。

―― ごめんだなんて。そんなこと考えてたの? ――

ふふふ、と覚えのある笑い声がする。

―― 人形、ちゃんと父さんに渡してくれた? 約束は守ってくれよ? ――

人形を掴んだ左手の感触が人の手の感触になった。誰かがしっかりと自分の左手を握る。
目を凝らすと、人懐こい目が笑っていた。

―― きみと一緒にいた時間は楽しかったよ。きみに会えて良かったと思ってる。
しっかりしなきゃ。ちゃんと手を握るんだよ ――


ダフルの手は温かかった。

―― お兄ちゃん ――

ブランの声がした。
ダフルの手が離れて今度は小さな手が自分の手を握るのを感じた。

ブラン……?
ケイナは目を凝らした。リアそっくりの泣き出しそうな笑みが見えた。

ブラン…… おまえには分かってたのか? ハルドさんは…… どうしてもだめだったのか……?

―― あの人は本当ならずっとずっと昔に眠ってたはずだったの
だから、帰らなきゃいけなかったの――


でも……。
水の中をブランに引かれながらケイナは言った。

でも、生きていた……

―― あの人はもう眠りたがってたの。無理矢理起こしちゃ可哀想だよ ――

でも…… それは誰かが決めることじゃない……

―― うん……。そうだよね…… ――

寂しそうに、ブランは答えた。

―― お兄ちゃん ――

彼女の栗色の髪が水の中で羽のように広がっている。

―― あたしたちと一緒に帰ろう ――

帰る……? どこに?

―― 遠い、遠いところに ――

……遠いところ……?

―― あたしたちは帰ることにしたの。だからお兄ちゃんも一緒に行こう ――

帰る……
ケイナは彼女の顔を見つめた。
帰るところって……?
おれに帰るところなんか、あるんだろうか。

―― お兄ちゃん ――

ブランは言った。

―― お兄ちゃんにはまだ手を繋いであげないといけない人がいるんだよ ――

ブランの手に力がこもった。

―― 約束したんじゃないの? しっかりして ――

ブランの手が覚えのある手の感触に変わった。

―― どこかで、手を繋いだこと、あったよね? ――

細い指。細い肩。緑色の目。大切な声。

―― もう、ひとりになろうとしないでね ――

光が見えた、と思った瞬間、顔が水面に出た。

「ケイナ!」
誰かが自分の左腕を力強く掴むのを感じた。喘ぎながら顔を向けると、エアバイクに乗ったアシュアが顔を歪めていた。
「もう…… 助けられなかったと後悔するのは…… 嫌なんだよ……」
彼はケイナを引っ張り上げながら涙声で言った。