17-05 最後の言葉

 ケイナの手から鮮血が飛び散るのを見て息を呑んだと同時に、カインはセレスが金切り声をあげながら自分の手から逃れて駆け出して行くのを見た。慌てて腕を掴みなおす余裕もなかった。
「セレス! だめだ!」
アシュアの声が響いたが、セレスは転がっていたケイナのノマドの剣の柄を掴み、声をあげて『彼』に飛びかかっていった。金属がこすれあうような嫌な音が響いて、次の瞬間ゴツリという音とともに鈍い銀色の内側から幽かな火花を散らして腕が地面に落ちた。セレスの一撃で切り落とされたということは、やはりケイナはどこかで躊躇をしていたのだ。
「ケイナを……」
束の間、転がった腕に怯んだが、セレスは叫んだ。
「ケイナを傷つけるな!」
残った腕で『彼』のサーベルが再び振り上げられる。
アシュアが必死になって飛び掛かっていったが、あっという間に避けられた。
ケイナの持つノマドの剣は重い。
セレスは歯を食いしばって両手で剣を構えた。

―― おまえは……おまえは、あのとき消えちゃったはずだろ? ――

―― ケイナの中で、おまえを消したはずだろ? ――

―― なんでまた出て来るんだよ ――

――なんでまたケイナを苦しめるんだよ――

おまえなんか、どっか行っちゃえ。
いなくなってしまえ。
機械まみれのケイナなんかいらない。
本当のケイナはちゃんと血が通ってる。

「おまえなんか……!」

セレスの声にケイナは呻いた。がくがくと震えている右腕を地面について立ち上がろうとしたが、足が動かない。汗が鼻を伝って落ちた。
エリド…… トリ
頼むから……
頼むから、セレスに言わせないでくれ……

振り上げた剣がすれ違いざまに相手の頬をかすめていったとき、セレスは小さな血の粒が自分の頬に飛んできたのを感じた。
再び相手を振り向いたとき、彼女はふと動きを止めて目を見開いた。
それはほんのわずかな時間でしかなかっただろう。
次に向かってくる『彼』の姿を呆然と見つめながら、セレスは自分の頬に手をあてていた。
その表情にケイナは力を振り絞って立ち上がった。
彼女は気づいた。
『彼』が誰なのかに気づいてしまった。
『彼』のサーベルの切っ先が自分に振り下ろされようとしても、セレスは目を見開いたままノマドの剣を構えようとはしなかった。
アシュアが走り出した。
「セレス!」
ケイナは無我夢中でセレスの背後から彼女に飛びかかって彼女の頭を腕で覆い、ふたりの前でアシュアのサーベルが、がつりという音をたてて相手の切っ先を止めた。
「どうして……?」
セレスは言った。ケイナにしがみつかれながら、大きな目で相手を見つめている。
「どうして?」
アシュアは歯を食いしばって相手の刃を止めながら、セレスの顔を見た。
セレス、だめだぞ、絶対だめだ。何も言うな。
ケイナは必死になって予見に逆らおうとしてるんだ。
セレスの顔が歪んで涙がこぼれ落ちた。彼女は身をよじるとケイナの腕から逃れた。
「セレス……!」
ケイナが慌てて手を伸ばしたが、セレスはその手からも逃れて『彼』を見つめた。
「なんでだよ……」
セレスは震える声で言った。
「なんで、こんなことになってるの? なんでそんな姿なの?」
アシュアは自分のサーベルがふっと軽くなったのを感じた。
まずい、と思ったときには『彼』のサーベルが再びセレスに振り下ろされようとしていた。
次の瞬間、鈍い音とともに『彼』のサーベルをセレスがノマドの剣で受け止めていた。
力に押されて足がそのまま地面を滑ったが、必死になって踏みとどまった。
「アシュア! 手を出すな!」
セレスが声をあげたので、サーベルを振り上げて飛び掛ろうとしていたアシュアはびくりとして手を止めた。銃を掴みかけていたケイナの手も止まった。
「誰も手を出すな!」
かすかに懇願するような響きがこもる。
「おまえ…… 誰だ」
セレスは『彼』を睨みつけながら言った。
「出て行け……」
頬を涙が伝って落ちた。
「兄さんから出て行け!」
ふいに、スイッチがぷつりといきなり切れてしまったかのように『彼』の動きが止まった。