17-03 最後の言葉

「ユージー、クルーレは?」
カインが尋ねるとユージーはちらりとカインに顔を振り向かせた。
「心配ないよ。彼はあれくらいのことじゃびくともしない」
「あいつ、軍用のサーベルを持ってやがったぞ」
アシュアの声が聞こえてきた。サーベル…… カインは思わずぞくりとした。
ケイナがノマドの剣を持っていることを知って調達したのかもしれない。
「たぶんこっちの護身用のサーベルじゃない。『アライド』のやつだ。比べ物にならないほど強度がある」
ユージーが答えたそのすぐあとにケイナとあいつの姿が見えてきた。
アシュアの言うように本当にエアバイクに乗りながらアクロバットをしているような感じだ。
「何だよ、あいつら…… これじゃあ援護もできねえ……」
少し離れた場所に空中でバイクを止めると、ユージーが焦ったようにつぶやくのが聞こえた。
それでも銃を引き抜いて狙いを定めようとしたが、すぐに苛立たしげに舌打ちをした。
「速すぎる……」
ケイナはあくまでも近づいて攻撃するつもりらしく何度も接近するのだが、そのたびに相手がくるりとバイクごと身を翻してしまう。すれ違いざまにどんなに撃っても当たらなかった。逆に向こうが近づいてくると、ケイナはよけるのが精一杯のようなのが見ていても分かった。ふたりの動きが速すぎて見ているだけで頭がくらくらしそうだ。
アシュアはセレスが自分の肩をぐっと掴むのを感じた。
「なにするんだ?」
そう言って振り返ったときにはセレスは後部座席に立ち上がっていた。
「アシュア、頼むよ、できるだけ揺らさないで」
狙うつもりか? 冗談だろ、ユージーが「速すぎる」って言ってんだぞ?
そう思ったが、言われるままに唸り声をあげながら必死になってバイクのバランスを保った。
ユージーとカインが固唾を飲んでセレスを見ている。
アシュアの肩を掴んでいたセレスの手が離れた。両手で銃を構えるとセレスは歯をくいしばった。
「当たって。お願い」
つぶやきが聞こえたと同時に、アシュアの頭上を光の筋が鮮やかに直線を引いていった。
それが相手のバイクの動力部を射抜いたと同時にセレスの足が滑ったので、アシュアは慌てて彼女の腕を掴んだ。その感触のあまりの細さに一瞬アシュアは「脱臼しないか?」と焦ったが、セレスは彼の腕を自分から掴むと軽々と再びアシュアの後ろに身を乗せた。
アシュアが再び顔を前に向けたときに見たのは落ちていくバイクを追うケイナの姿だった。相手がバランスを崩している間に攻撃するつもりらしい。しかし『彼』はケイナを見て自分のバイクを踏み台にすると、サーベルを振り上げてケイナに飛びかかった。振り上げられた銀色の刃をケイナは避けたが体当たりをくらってバイクから手を離してしまった。
見ていた全員が息を呑んだ。このままだとあいつはともかくケイナが転落死だ。
カインはユージーが小さく唸り声をあげていきなりバイクを発進させたので、慌てて体を支えた。
「アシュア! ケイナを受け止めろ!」
ユージーが怒鳴った。その声が聞こえ終わる前にアシュアはバイクを発進させていた。
カインはユージーの思惑を悟って震えた。射撃の腕ならアシュアのほうが自分より上だ。もしケイナに当たったらどうする。
「カイン! 任せて!」
セレスの声が聞こえたので顔を向けると、彼女はすでにバイクにまたがったまま上半身を立ち上がらせていた。前に座るアシュアが大きいのと、細身の彼女は両手で構えないと銃が撃てないために必然的にそうせざるをえない。しかし動いているバイクの上でその姿勢はセレスの転落を招きかねなかった。
カインは息を吸い込んで銃を構えた。同時にユージーが護身用のサーベルを引き抜くのが分かった。視線の先にあいつがケイナに銃口を向けるのが見えた。もう躊躇していられない。カインは引き金をひいた。数発撃ったが、たぶんかすりもしなかっただろう。ユージーがサーベルを振り上げ、思い切り振り下ろした。すれ違いざまに鈍い嫌な音がした。
アシュアがケイナの腕を掴んだ途端、バイクが重量オーバーで下降していくのが見えた。まっさかさまに落ちなかったのは、一緒に乗っていたセレスが軽いおかげだったのかもしれない。
飛び降りても大丈夫な高さになってアシュアはケイナから手を離した。
「ケイナ!」
セレスが声をあげたが、ケイナの声は聞こえなかった。
ケイナが降りたのはダム吐水口の上だった。厚さ50mの巨大な壁の上に飛び降りたケイナは、直後に足から落ちてくるあいつの姿を見た。普通なら折れてしまう足はすぐに体を支えて立ち上がった。
やっぱりあいつは生身じゃない。そのことをまざまざと見せつけられたような気分だ。
右腕の服が切り裂かれ、べろりと垂れた皮膚の隙間から鈍い銀色が見える。
ケイナは相手の懐に飛び込むために走り出した。

 ティは向かい合って手遊びをする双子に顔を向けた。
自分の父親が危ない目に遭っているかもしれないというのに、この子たちはどうしてこんなに落ち着いているのだろう。
リアは腕を組んで壁にもたれかかり、ぼんやりと窓の外を見ている。
たくさんの兵士が警護をしてくれているとはいえ不安にならないのだろうか。
リアの視線の先を辿って窓の外にちらりと目をやると、いつもと変わらぬビル群が目に飛び込んで来た。ドーム越しに見る空も青い。眩しいほど青い。
ティは目を逸らせると自分の手元を見つめた。
何もできない。ただ待っているしかない。そのことが辛かった。
「ねえ」
ふいにリアが話しかけたので、ティは彼女に顔を向けた。
「この服、ほんとにもらっちゃっていいのかしら」
彼女は身につけていた白いセーターの裾をつまんで言った。
「ええ…… もちろんよ」
ティは答えた。
「前に着てた赤いやつも?」
「全部あなたのものだわ。どうしたの? そんなこと聞くなんて」
ティは怪訝そうにリアの顔を見た。リアは少しはにかんだような笑みを見せた。
「こういうのを着たのって、生まれて初めてで、ちょっと嬉しかったの」
リアは白いセーターの袖口を自分の頬に押しつけた。『ノマド』では感じたことのない優しい肌触りにうっとりする。
「ずっと『ノマド』にいて、外の生活って経験がなかったの。外の世界は柔らかい服やきらきら光るものがあって素敵ね」
「あたし、きらきらするのは嫌い」
ブランが口を挟んだ。
「お母さんが持つ剣だって、ほんとうは嫌いなんだから」
ティとリアは思わず顔を見合せた。リアがくすりと笑った。
「森の中で目立たないようにするから、くすんだ色の服ばっかりだったの」
「剣を持って戦うため?」
ティが尋ねると、リアは肩をすくめた。
「好きだったから持ってただけで、あたしの剣術なんてアシュアが教えてくれなかったらたいしたことなかったわ」
「アシュアが?」
ティはびっくりしたように小さく目を見開いた。リアはうなずいた。
「ほんとはケイナに教えてもらいたかったのに、教えてくれなかったのよ。意地悪なんだから、あの子」
ティは「意地悪」という言葉に思わず笑った。教えてと言ってもむっつりしてそっぽを向く彼の仕草が目に浮かぶようだった。
「ケイナは不思議な子ね。愛想が悪くていけすかない子だって、わたし、最初は敬遠してたの。でも、違うみたいね」
ティは自分の手元を見つめて言った。
「なんていうんだろう…… 生きることに必死みたい。必死過ぎて、ほんとは脆くて折れそうなのに、人に寄りかかることもできなくて……」
「みんな、そうよ」
リアが言ったので、ティは顔をあげて彼女を見た。
「ケイナもカインもアシュアもセレスも…… みんな生きることに必死。あたしもティも」
リアは少し首をかしげてティを見た。
「あたし、ティが大好きよ。なんだか妹ができたみたいで嬉しかった。笑いながらお洋服を見て、他愛もないおしゃべりをして、それがとても楽しかった。あなたはあたしが『ノマド』の人間でもためらったり、ものめずらしそうな目をしないし、対等に話をしてくれた。もっと早くに出会ってれば良かったのにって、何度も思ったわ」
ティは目を細めた。
「なんだかお別れするような言い方ね」
「だって、あたしはもうすぐ『ノマド』に帰るんだもの」
「また来ればいいじゃない」
寂しそうな表情を見せるリアにティは言った。
「アシュアはよくここに来てるわ。あなたも来ればいいじゃない。わたしに会いに来て」
リアはそれを聞いて笑みを見せた。
「そうね」
「今度一緒にモールに買い物に行きましょうよ。リアはスタイルがいいからいろんな服を着ることができるわよ。わたしよりずっと美人だからきれいなアクセサリーも似合うわ。わたしが選んで…… そうだわ……」
ティは視線を泳がせた。
「セレスにケイナとおそろいでネックレスを買わなきゃって思ってたんだったわ…… わたしったら、すっかり忘れて……」
そうつぶやいた途端、ぽろりとティの目から涙が落ちた。泣くつもりはなかったティは自分でびっくりした。リアは慌ててティに駆け寄った。
「ごめんなさい!」
「お母さん、失敗!」
ブランが立ち上がると腰に手をあてて声を張り上げた。
「ほんと、失敗しちゃったわ。ごめんね、泣かせるつもりはなかったのに」
「わたしも泣くつもりはなかったわ」
ティはぽろぽろとこぼれる涙に自分で途方に暮れながら答えた。
肩を抱いてくれるリアにティはすがった。花の香りがする彼女の肩に顔を埋めて泣きじゃくった。