17-02 最後の言葉

 屋上の端から下を見ると、ふたりが落ちていく先にアシュアがバイクで待ち構えているのが見えた。ケイナが銃を構えた。
アシュアがセレスの腕を掴むのと、ケイナの撃った銃があいつの腕で小さな火花を散らすのが同時だった。セレスはあいつの腕からは逃れたが、そのまま落下していくあいつをカインもケイナも固唾を飲んで見つめた。このままこれであいつは死ぬのか? そう思ったが、彼は地面に着地する前にさらに下で待機していた兵士のバイクに向かって腕を振り上げ、兵士を叩き落としてそのままバイクに乗って走っていった。
「アシュア、追え!」
カインは怒鳴った。アシュアはセレスを後ろに乗せるとエアバイクを走らせてあとを追った。
「行くぞ、30階分急降下だ。掴まってろ。」
カインはそう言うとバイクを屋上から浮き上がらせようとしたが、クルーレの声が響いたので思わず振り向いた。
「ケイナ!」
クルーレが肩を押さえながら立ち上がって歩み寄ろうとしているのが見え、ケイナがバイクから飛び降りた。
「なに」
ケイナが駆け寄ると、クルーレは彼に握りこぶしを差し出した。
「これを持って必ず戻って来い」
ケイナは彼が開いたこぶしの中を見て口を引き結んだ。
ダフルの作った木組みの人形が手の平の中にあった。
「もう一度、わたしのところに持って来るんだ」
ケイナはクルーレの顔を見たあと手を伸ばして人形を掴み、自分の首にかけた。
「分かった」
そう言うと、身を翻して再びカインの後ろに飛び乗った。
バイクは車体の下からの高度が制御されている。足元をなくした途端バイクはものすごい勢いで落下し、地上から50m付近でようやく止まった。止まったと同時にバランスを崩しかけた。
「へたくそ!」
ケイナが怒鳴った。
「いちいちうるさいんだよ!」
カインは怒鳴り返した。
「カイン、あいつはダム湖のほうに自分から向かってる」
ふたりの耳にアシュアの声が聞こえた。
「遊んでやがる……」
ケイナがつぶやくのが聞こえた。
「行くぞ!」
カインは思い切りアクセルを踏んだ。
しばらくしてセレスの声がカインの耳に聞こえた。
「ケイナ…… あれ、誰?」
ケイナの返事は聞こえなかった。
「ケイナ…… 気づかないの?」
気づく? 何を? ケイナはセレスの声に眉をひそめた。
「ケイナは…… ケイナだから分からないのかな…… わたし、覚えてるよ。あれ、ケイナの中にいた、もうひとりのケイナだよ」
もうひとりのケイナ? カインは後ろにいるケイナの顔を振り向くこともできず口を引き結んだ。
『グリーン・アイズ』の血を引いていることは常に死と隣合わせだった。
セレスに入り込んだ『グリーン・アイズ・ケイナ』の父親は、ある日突然、周囲の者を死に追いやった。
どこかで必ずそういう日が来る。それが『グリーン・アイズ』の宿命だ。
ハルド・クレイは遺伝子をかなり操作されていたが、『グリーン・アイズ』の血が消えたわけではないとトウは言っていた。ハルドの中の別人格を作ってしまう部分をエストランドとバッカードは無理矢理起こしてしまったのだ。
暴走したときのケイナは誰にも止められなかった。唯一セレスを除いては。
あのときのケイナと同じような状態だったとしたら、あいつを…… ハルド・クレイを止めることができるのはいったい誰だというのだろう。
ダム湖が見えてきたとき、カインは視界の先に走っていく数台のエアバイクを見た。近づくにつれそのうちの一台にユージーが乗っているのを見て驚いた。
ユージー、もうバイクに乗れるのか?
「カイン、ターゲットW45、湖岸寄り!」
ユージーを追い越すとアシュアの声が聞こえた。ちらりと視線が合ったとき、ユージーが小さく手を上げるのが見えた。視線を前に戻した途端、ガツリという鈍い音が耳に入ってきた。
「アシュア?!」
後ろのケイナも緊張したのが分かる。
「アシュア!」
「大丈夫だ!」
アシュアが応答したので、ほっとした。
「あの野郎、空中でアクロバットしやがった。エアバイクの宙返りなんて初めて見たぜ!」
「セレスは?」
「無事だ! すまん、バイクは落ちた!」
その声が聞こえている間に、足元の砂浜で自分を見上げているアシュアとセレスの姿が目に入ってきた。近くに無残に車体のへこんだバイクが転がっている。よくあれで無事でいられたものだ。
「あいつは?!」
カインは周囲を見回した。
「上!」
セレスが叫んだ。カインが上を見上げる前にバイクの下部が頭の上をかすって思わず首をすくめた。ケイナがすれ違いざまに銃を撃つ音が聞こえた。
「カイン、降りろ!」
「えっ……!」
カインは急に叫んだケイナの言葉に仰天した。ここが地上何メートルだと思ってるんだ。
「アシュアの近くに落としてやるよ!」
ケイナはそう怒鳴ると、後ろから手を伸ばしてあっという間にハンドルを握ってバイクを急降下させた。
「うっわっ!」
アシュアの声が聞こえたと同時に、自分の体がバイクから引き離されるのをカインは感じた。
ケイナの右腕が義手だったことを思い出したのは砂浜に転がったときで、慌てて駆け寄ったアシュアに助け起こされて上を見上げたときには、ケイナの姿はもう見えなかった。
「南のほうに飛んでいった……」
セレスが不安の滲み出る声で言った。
カインは足元に転がっている通信機に気づいて慌てて自分の耳に手をあてた。
違う。自分のものじゃない。じゃあ……
カインはケイナの飛んでいった方向に目を向けた。
ケイナの通信機? なぜ外した?
エアバイクの音が聞こえたので振り向くと、さっき追い越したユージーが兵士を引き連れて来たところだった。
「おまえらの速さに追いつけねぇよ」
ユージーは3人の近くにバイクを降り立たせると言った。
「ユージー、体は大丈夫なのか?」
カインが言うとユージーはうなずいた。
「南は水の吐出し口になっている。下手なことをされるとまずい」
ユージーは自分の後部座席をカインに顎で示した。
「乗れ」
カインは即座にユージーの後ろに飛び乗った。ユージーがバイクをひとつ空けるように部下に指示したので、アシュアとセレスはそれに乗って再び飛び立った。
「ここで待機していろ!」
ユージーは残りの部下に怒鳴った。