17-01 最後の言葉

 午後2時、それぞれが順番にオフィスをあとにした。
リアとティ、ブランとダイはオフィスに残って彼らを見送った。
ティが小さく震えているのに気づいたリアは彼女の肩を抱いた。
「大丈夫よ。カインはちゃんと帰ってくるわ」
リアはクルーレから渡された小さな通信機を耳に嵌めた。そして銃をとりあげた。
「ここはあたしが守るからね」
「銃…… 撃てるの?」
ティはリアの顔を見た。リアは少し舌を出した。
「実は使ったことないの」
ティの目がびっくりしたように見開かれた。
「でも、大丈夫。クルーレに剣を貸してもらったから」
リアは腰に挿した軍用の小さな短剣をティに見せた。
「嘘でしょ……」
『あいつ』に遭遇したことのあるティは震えた。
「そんなもので太刀打ちできるわけないじゃない」
「大丈夫だったら」
リアは言った。
「ここにはまず来ないわよ。『ノマド』の守護があるから」
リアはダイとブランの顔を見た。
「ね?」
ね、って…… 
自分を見上げる双子にティが目を向けると、ダイとブランは彼女に笑みを見せた。ティは怯えきったように椅子に座り込んだ。
「あなたは強いのね……」
ティはつぶやいた。
「強いわよ。当たり前じゃない」
思わずリアの顔を見上げると、リアはティににっこり笑ってみせた。

 ケイナはヨクをプラニカに乗せてビルをあとにした。その5分後にカインとアシュアはエアバイクで出発した。クルーレとセレスは一緒に見張りのビルに向かった。
ランド社には予定通り着き、ヨクとケイナはビルの中に入って行った。
午後3時10分、ふたりはランド社をあとにしてプラニカに再び乗り込んだ。
「出たみたいだな」
窓の外を見ていたクルーレは耳元の通信機に手を当ててつぶやいた。セレスはそんな彼にちらりと目を向けたあと、自分のいるビルの部屋をぐるりと見回した。床材も壁紙もほとんど剥がされて骨組みだけになったような建物だ。窓に嵌めこまれていたガラスもとっくの昔に外されているようだ。
「10分後にローズサーチショップに着く。予定通りだ」
クルーレは腕の時計を確かめた。
「クルーレさん」
セレスに声をかけられて、クルーレは彼女を振り向いた。
セレスは長い髪をリアに後頭部でひとつに結わえてもらっていた。黒いジャケット、細身の黒いパンツにブーツといういでたちは女性用の一番サイズの小さい軍服だが、それが余計に彼女の細さと目の大きさを際立たせた。
大きな緑色の目に見上げられてクルーレは少し眩しそうに目を細めた。
「どうした」
「このビルの屋上には出られるの?」
「屋上?」
クルーレは頭上を見上げた。
「たぶん出られると思うが……」
「このビル、60階建てだよね」
「ああ、そうだ」
セレスは少し首を傾けて考え込むような顔をした。
「少し低いけど…… いいか」
そうつぶやくとくるりと背を向けたのでクルーレは慌てた。
「どこへ行くんだ!」
「屋上」
セレスは答えた。
「なんか変なんだ。屋上のほうがよく分かるかもしれない」
「待ちなさい!」
エレベーターではなく非常階段の扉をあけて飛び出して行くセレスをクルーレは急いで追った。ケイナといい、この娘といい、突拍子もない行動が多くて困る。ケイナはまだワンクッション置くだけの余裕があるが、この子はいきなりだ。
「セレス、待て! 相手に姿が見えるとまずい」
とんとんと飛ぶように階段を昇っていくセレスの後ろからクルーレは怒鳴った。
「そんなゆとり、ないかもしれない!」
セレスは叫び返した。ゆとりがない? クルーレは緊張した。あいつの動きが変わったということか?
ようやっとクルーレが屋上にたどりつくと、セレスは手すりもないところで仁王立ちになっていた。緑色の髪が解いた帯のように風に揺れている。バランスを崩したらあっという間に転落しそうだ。
「ヨクがショップに着いたぞ。危ないから、そこから離れなさい」
息をきらしながらクルーレは言った。
「分かってる」
セレスは彼を振り向かずに答えた。
気配を感じる。すごく近くで。
どこだろう。銃を握り締めた。
ケイナ、力を貸して。

(ケイナ)
ケイナはセレスの声を聞いたような気がして顔をあげた。
ヨクと入れ替わったアシュアがショップから出て来た。じゃあ、おれこっちね、というように指を指したので、ケイナはうなずいた。
再び歩き始めたアシュアを見送ってケイナはセレスがいるはずのビルに顔をめぐらせた。
「ケイナ!」
今度は本当に聞こえた。
「カイン!」
ケイナが叫ぶのと、
「伏せて!」
セレスが叫ぶ声がかぶさった。銃を乱射する音が聞こえる。アシュアはヨクのコートをかなぐり捨てると自分のバイクが停めてある方向に走った。
「ケイナ!」
ケイナは声のほうに顔を向けた。カインがエアバイクの上から彼に手を差し出した。ケイナはカインの手を掴むとバイクの端に足をかけて彼の後ろに飛び乗った。
「今、屋上だ!」
クルーレの緊張した声が聞こえた。ケイナは唇を噛んだ。
あいつはセレスのほうに来た。
なぜ。『ノマド』の守護はどうなったんだ。
違う……
『ノマド』はセレスをターゲットにするために彼女を起こしたのか?
セレスとクルーレの待機していたビルまで来ると、カインは窓からバイクでビルの中に突っ込んだ。バイクは30階程度までしか上昇できない。いったん地上に降りるよりは、そのほうが早い。半ば廃墟となったビルはそういう意味では好都合だったかもしれない。もっと新しいビルだったらとてもバイクではガラスを破って突っ込めなかっただろう。
ケイナはがらんとしたフロアにバイクが入り込むなり非常階段に続くドアを銃で吹き飛ばした。
「屋上!」
ケイナは言ったが、カインは一瞬ひるんだ。
階段なんかでエアバイクを走らせたことがない。
「バイクは入らないよ!」
「ビビってんじゃねえ!」
ケイナの言葉に少しむっとしながら、カインは歯を食いしばってハンドルを切った。
階段部分に入るなりがりがりとあっちこっちでこする音がする。回り込むたびに壁に大きな穴を開けていく。上に辿りつくまでにバイクが壊れるのではとカインは不安になった。
体をバイクにへばりつかせるようにして屋上のドアから外に飛び出したと思った途端、カインはケイナが後ろから自分の肩を踏み台にして前に飛び出していくのを見た。
飛び出したと同時に撃っている。
ケイナはやっぱり見ていない。昔から彼は目が捉えるよりも先に体が動いている。
ケイナの向こうにさらに金色の髪が見えた。
「クルーレ!」
カインは肩を押さえてうずくまっているクルーレを見つけて慌ててバイクから飛び降りた。
「大丈夫、かすっただけだ」
クルーレは顔をしかめて答えた。かすったにしては出血量が多い。
「クルーレが負傷した!」
マイクに向かって叫んで再びケイナに目を向けると、その向こうの金髪があっという間にセレスの首を掴んで屋上から飛び降りるのが見えた。
「ケイナ!」
「了解」という声を耳で確認しながら慌てて再びバイクに飛び乗ると同時にケイナもカインの後ろに飛び乗った。