16-04 目が覚めると明日が来る

 全員がそれぞれの準備にとりかかるためにテーブルから離れると、クルーレはカインに歩み寄った。
「リィ社長、あの女の子は大丈夫か?」
「セレスのことですか?」
カインはクルーレの顔を見た。クルーレはケイナと一緒に連れ立って出て行くセレスの後ろ姿をちらりと見た。
「さあ…… 昨日までのことはいったい何だったんだって感じで…… 正直ぼくも戸惑っています」
クルーレの視線の先を辿り、カインはそう答えてため息をついた。
「もし以前の通りなら、彼女は唯一ケイナと同じ動きができる人間だし……」
クルーレは信じられないといった表情だった。
「来るなと言っても絶対聞かないですよ。目が覚めてしまったらセレスは絶対にケイナとは離れない。あのふたりは普通じゃない」
「プロジェクトの子供だから?」
クルーレの言葉にカインは彼から目を逸らせた。
「そう…… そうですね。プロジェクトの子供だ」
クルーレはカインの顔をしばらく見つめたあと、背を向けてオフィスを出て行った。

「セレス、おいで!」
ティのオフィスからリアが声をかけたので、セレスは不思議そうな顔をして彼女に近づいた。
「髪、結わえてあげる。それじゃあ動けないでしょ?」
彼女の言葉にセレスは嬉しそうにうなずいた。
その後ろ姿を見ていたケイナは背後をアシュアが通り抜けて行こうとしたのでその腕を掴んだ。
「アシュア」
アシュアは少しびっくりしたような顔をしてケイナを見た。
「頼みがあるんだ」
「頼み?」
彼は目を細めた。
「おまえが頼みごとするときって、いつもろくなことじゃねえ」
そう言って、幽かに笑みを浮かべた。
「なに?」
ケイナはアシュアの腕を掴んだままティのオフィスの前から離れると、アシュアに視線を戻した。
「あいつに手出しさせないようにしてくれないか」
アシュアはそれを聞いて思わずティのオフィスのほうに目をやった。
「言ってないの? あいつに」
アシュアが尋ねると、ケイナはうなずいた。
「なにも?」
ケイナは再びうなずいた。
まあ、そうだろうな…… アシュアはため息をついた。
「何がどう動くのかは分からないけれど、ハルドさんを呼び戻す努力をしてみる。おれにはその力がないかもしれないけれど」
「セレスが呼び戻せるとしたら?」
アシュアの言葉にケイナは目を伏せた。
「呼び戻すためには相手がハルドさんだと分かっていないといけないし、それに、本人が言うよりもセレスは体力は衰えてる。まだ実戦は無理だ」
アシュアは息を吐いた。あいつに声をかけるには近づくしかない。ケイナはハルドとセレスを戦わせたくないのだ。
「分かった」
その返事を聞いてケイナはわずかに安堵の表情を浮かべた。そのまましばらく自分の顔を見つめるケイナにアシュアは「なに?」というように眉を吊り上げたが、ケイナはアシュアから目を逸らせた。
「いや…… なんでもない。じゃあ、頼む」
彼はそう言うと、背を向けた。
アシュアはその姿を見送って顔を俯けた。ポケットの中にある『ノマド』の通信機を指先で確かめた。
ケイナの目は怖い。昔からそうだがこちらの頭の中まで見通されるような気がする。
あいつはもしかしたら全部分かっているんじゃないだろうか。必死になって何食わぬ顔をしていることも知っているんじゃないだろうか。そんな気持ちになる。
隠さずに、ちゃんとみんなに話ができればどんなにいいだろう。
でも、そんなことをしたらカインもケイナもセレスも動揺するだろう。『ノマド』の予測する結末も導き出せないかもしれない。
結末?
アシュアは口を引き結んだ。
本当にこれが一番いい結末なんだろうか。
『ノマド』の予見は絶対ではない。そう言ったのは長老のエリドだ。
セレスには手出しをさせない。
彼がそう願うことすらも『ノマド』が見越しているのか、そうではないのかアシュアには分からなかったが、少なくとも『ノマド』の導き出した予見に対抗することは確かだった。