15-06 シナリオ

 顔をあげて、ケイナは『グリーン・アイズ』に歩み寄り彼女の前に腰を落として片膝をついた。
『グリーン・アイズ』は慌ててケイナから離れようと座り込んだまま後ずさった。切なくなるほど潤んだ大きな緑の目がこちらを見つめる。
「カインはあんたのことを決して<ケイナ>とは呼ばないよ……」
「触らないで」
ケイナが手を伸ばして涙で頬に貼りついた髪を指で梳いてやろうとすると、彼女は顔を強張らせてその手を跳ね除けた。
「なぜ、みんなわたしのことを嫌がるの? どうしてわたしはいちゃいけないの?」
「違うよ」
ケイナは答えた。
「……望みが何か、なんて…… 聞いて悪かったよ」
小さな嗚咽が彼女の口から漏れた。
「あんたの気持ちを分かろうともしなかった……」
『グリーン・アイズ』は手をあげると子供のような仕草で涙をぬぐった。
彼女はいったい何歳だったんだろう。
70年もたったひとりで氷の下で、どれほど人の温もりを求めただろう。
ケイナは再び近づいて手を伸ばすと指で彼女の涙をぬぐってやった。
今度は彼女も手を払い除けなかった。
腕を伸ばして引き寄せると、小さな子供にしてやるようにケイナは彼女の髪を撫でた。
「ありがとう、<ケイナ>。おまえがいたから…… おれは今、生きているんだよな」
『グリーン・アイズ』はケイナにしがみつくと小さな声をあげて泣き出した。新しい涙が次から次にこぼれ落ちる。
ケイナは彼女の背後にぼんやりとした人の気配を感じた。
幻なのかもしれない。しかし、ケイナには何となく分かった。あれはきっと彼女の父親だ。
彼女を父親に返してあげないといけない。
涙で冷えた彼女の頬にケイナは手をあてた。
「あったかい……」
ケイナの手の上から彼女はそっと自分の手を添えてつぶやいた。
もう、泣かなくていいんだよ。待ってる人がいる。
ケイナは心の中でつぶやいて顔を近づけると、『グリーン・アイズ』の口の端にキスをした。
「おとうさん……」
かすかな声が彼女の口から漏れ
「ケイナ……」
初めて自分を呼ぶ声が出た。
「ケイナ…… 会いたかった……」
ケイナはセレスを抱きしめた。

 アシュアは部屋の中で大欠伸をして頭をがしがしと掻いた。
熟睡している自分の上にいきなりリアと子供たちが飛びかかってきたので、びっくりして飛び起きたら3人とも興奮状態だった。
きゃあきゃあと騒ぎたてる3人を顔をしかめて眺めた。
「分かったの? アシュア!」
リアが彼の肩を揺さぶった。
「セレスが元に戻ったのよ?」
「でも、最後まで見てないんだろ?」
アシュアは再び大欠伸をした。
「戻ってるよ!」
ブランが言った。
「お兄ちゃんはもう思い出したもん」
「何を?」
アシュアが眠そうな表情のまま聞くと、ブランは小さな唇をアシュアの口の端にくっつけた。
「『ノマド』のキスだよ」
「はあ……」
アシュアはまだ困惑気味だ。
「お兄ちゃんはコミュニティに行ったとき、長老と手を繋いでるんだ。あれから夢見たちが一生懸命探したみたい。お兄ちゃんとあのお姉ちゃんの記憶を」
自分を見上げるダイの顔をアシュアは見つめた。
「緑のお姉ちゃんの目が覚めないと…… だめなんだ」
「何が?」
アシュアは尋ねたが、ダイは何も言わず目を伏せた。アシュアはダイの頭をぽんぽんと叩いた。
「でも、なんつうか…… こういう話を子供の頃に聞いたような気がする。キスで目が覚めるお姫さんとかなんとか」
「ケイナを怖がったはずよね…… 自分が消えちゃうんだもん」
アシュアのベッドの端に腰をかけていたリアがつぶやいた。
「彼女はそれで納得してくれたのか?」
「大丈夫だよ」
ブランが口を挟んだ。アシュアが顔を振り向けるとブランは嬉しそうに顔をほころばせていた。
「だって、お兄ちゃんはきっとお姉ちゃんの名前を呼んであげてるもん」
「名前……?」
ブランがこくんとうなずいてダイを見た。ダイが控えめに笑みを見せた。
「彼女の名前って…… なんていうんだ?」
「ケイナ」
ダイの言葉にアシュアはあんぐりと口を開けた。リアも知らなかったようで、びっくりしてダイを見た。
そりゃ、誰も呼ばないだろう。
みんなにとってケイナはひとりしかいない。
誰も自分を見ない。誰も自分の名前を呼ばない ……誰も自分に気がつかない。
きっと寂しくてたまらなかっただろう。
「お姉ちゃんは帰ったよ。お姉ちゃんのお父さんがちゃんと迎えに来てたよ」
ブランは言った。
「お父さん!」
ダイがふいに声をあげたので、アシュアは振り向いた。
「通信機がぴかぴかしてる」
「えっ……」
アシュアとリアが同時に声をあげた。
『ノマド』から連絡が来た。
慌ててベッドから滑り下りて通信機を掴むと、リンクの姿が小さく浮かび上がった。
「アシュア」
リンクは笑みを見せた。アシュアはとても笑い返せなかった。彼はよほどのことがなければ連絡はしないと言っていたのではなかったか。
「今から話すこと、誰にも口外しないで欲しいんだ」
リアがアシュアのそばにきて彼の腕に手を触れた。
「おまえたち、向こうに行ってろ」
ダイとブランはアシュアに言われて、ふたりで手を繋いで隣の部屋に行った。
「なに?」
アシュアは言った。
リンクはうなずくと話し始めた。
言葉をひとつひとつゆっくりと、アシュアの頭に染み渡っていくように話した。
それを聞くアシュアの手が次第に小刻みに震え始めた。
セレスの記憶が戻った喜びがみるみる消え失せていく。
「そんな…… そんな方法しかないのかよ……」
アシュアはつぶやいた。リンクは辛そうに目を伏せた。
「受け入れるのは時間がかかると思うけれど…… でも、もう終わりにしないと」
「そんな方法しかないのかよ」
アシュアは再び言った。
「アシュア……」
リアが声をかけたが、アシュアは通信機を持ったまま床にぺたりと座り込んでしまった。
「そんな方法しか……」
「アシュア。常に通信機を携帯しておいて。いいね」
リンクは言った。アシュアはそれには答えなかった。
リンクが消えても、アシュアは通信機を掴んだまま、床に座り込んで呆然としていた。
リアは彼の背中に額を押しつけた。

―― カインは泣いている。――

こういうことだったのか。
彼女は夢見の言葉をようやく理解した。