15-05 シナリオ

「ドア、閉めるなら、わたしの腕を切って」
彼女は挑みかかるようにケイナに言った。
「ちゃんと彼女と向き合って。逃げないで」
「逃げてるわけじゃない」
「逃げてるわ!」
リアは小さく叫んだ。
「自分に正直になりなさいよ! セレスが必要でしょ?」
ケイナが力づくでドアを閉めようとしたとき、床に丸くなっていたセレスの緑色の髪が動いた。ブランが彼女を起こそうと揺り動かしている。ケイナがさらにドアにかけた手に力を込めたのでリアは必死になってドアを押さえた。
「腕を叩き切るぞ!」
ケイナは小さく怒鳴った。
「しなさいよ! 切ればいいわよ!」
リアも負けずに怒鳴り返した。
「どうしてそこまで意固地になるのよ!」
「いい加減にしろ! おれは夢見の夢の中に生きてるんじゃない。振り回されるのはごめんだ」
ケイナがそう答えたときセレスが頭をもたげた。彼女は身を起こすと戸惑ったように周囲を見回し、ケイナの姿を見てびっくりしたように目を見開いた。ドアにかけたケイナの手がかすかにぴくりと動くのをリアは見た。
彼女と視線が合ってしまった。ドアを閉めて4人を外に出さなければと思うのに、ケイナは身動きがとれなくなった。
「お姉ちゃん」
ブランは床に座り込んだままのセレスの前に腰を落として彼女の顔を覗きこんで言った。
「目が覚めた?」
「どうしてこんなところにいるの?」
セレスは怯えきった表情でブランを見た。
「どうしてあの人がいるの?」
「さよならするときが来たんだよ」
ブランは答えた。
セレスは何のことか分からないような表情でブランの顔を見つめ返した。
「お姉ちゃん、帰ろう」
「お部屋に?」
そう尋ねるセレスの大きな目を見つめて、ブランはかぶりを振った。
「お父さんが迎えに来てるよ」
ブランの言葉にセレスの表情が変わった。あっという間に彼女は小刻みに震えだした。小さくいやいやをするように顔が揺れた。
ブランはセレスの手をとった。
「怖くないよ。お兄ちゃんは優しいから」
ケイナはダイが自分の手に触れるのを感じた。拒否するように手を振り払ったが、ダイは再びその手を掴んだ。
「お兄ちゃん、ぼくらはお兄ちゃんに生きて欲しいんだ。死んじゃだめだよ」
自分の顔を見つめるダイの目を見てケイナはかすかに顔を歪めた。
『ノマド』のシナリオ通りに動かしたくない。それだけは絶対に嫌だ。それなのに体が動かない。どんどん『ノマド』の思惑通りになっていくようだ。
ブランはケイナのほうをちらりと見ると立ち上がってセレスから離れた。慌てて一緒に立ち上がって逃げ出そうとするセレスをブランは押しとどめた。
「お姉ちゃん、だめだよ」
「いやよ。この人は嫌い。置いていかないで」
セレスはかすれた声で訴えた。
「お姉ちゃん」
今にも泣き出しそうなセレスの顔をブランは覗き込んだ。
「嘘ついちゃだめだよ。お姉ちゃんはお兄ちゃんのこと、嫌いじゃないでしょ」
「嫌いよ。この人は嫌い。大嫌い。カインさんのところに行きたい」
「カインさんはもういっぱい声をくれたよ」
ブランが言うと、セレスの目にみるみる涙が溜まった。
「カインさんは声だけだよ。手も繋いでもらったよね。もう無理だよ」
床に座り込んだままのセレスの目から大きな粒がぽたぽたとじゅうたんに落ちていった。
「……お姉ちゃんも、分かっているんだよね。これ以上はだめだって」
セレスの口から小さな声が漏れた。
「だから…… お兄ちゃんに返してあげてよ…… ね?」
ブランはセレスの顔に自分の顔を近づけると、その口の端にキスをした。
「さよなら、お姉ちゃん。あたし、お姉ちゃんのこと、大好きだったよ」
それを見たケイナの表情が凍った。ダイはケイナの顔を見上げて小さく笑みを浮かべると掴んでいた彼の手をそっと放した。
「お母さん、行こう」
ダイはリアに言った。
「え?」
リアは面食らった。
「そんな、でも…… 大丈夫なの?」
リアが心配そうに言うとダイはケイナに目を向けて笑みを見せた。
「大丈夫だよね、お兄ちゃん。もう、思い出したでしょ?」
ノマドのキス。
『生きてね』
彼女はそう言ってセレスとケイナにノマドのキスをした。
唯一触れた生身の記憶。
ブランとダイは両側からリアの手をとると困惑したような表情を浮かべている彼女を引っ張ってドアに向かった。それを見てセレスが慌てて叫んだ。
「ブラン、待って!」
「ケイナ!」
部屋を出て行く3人のあとを追おうと立ち上がりかけた『グリーン・アイズ』は、ケイナの声にびくりとして彼のほうを見た。部屋の扉が閉まる小さなかちりという音がした。
「おれと同じ名前だったよな……」
ケイナはつぶやいた。
自分と同じ名前の少女。セレスと同じ顔をした少女。
彼女はおれとセレスがひとつになっていた。
「目が覚めてから…… 名前を呼んでもらったことがないんだろ?」
ケイナを見つめる『グリーン・アイズ』の目に再び涙が浮かんだ。
「名前を呼んでもらえないのって…… 辛いよな」
「あなたは…… 嫌い」
『グリーン・アイズ』はそう言って顔を歪めるとかぶりを振った。ケイナは目を伏せた。
「だろうな ……おれくらいしかいねぇもん、おまえの名前を呼ぶのって」
『ノマド』は残酷だ。こんなふうにおれはセレスを取り戻さないといけないのか。
でも、もう抜け出せない……