15-04 シナリオ

 ケイナは自室のベッドに寝転がってぼんやりと考え込んでいた。
どんなに銃の使い方を教えてもらったところで今まで銃を持ったこともないヨクが咄嗟の場でそれを使うことができる可能性はゼロに近いだろう。構えるところまではできたとしても引き金を引くことはできないはずだ。あいつが目の前に来たらあっという間に撃たれてしまう。
つまり、どうしたってヨクのガードは自分かアシュアがすることになる。
クルーレは途中でヨクとアシュアを入れ替わる案を出した。
どこかで入れ替わってヨクが単独で行動するシチュエーションを作る。
体格の似ているふたりだと入れ替わることは可能かもしれないが、そんな小細工にあいつがひっかかる可能性は低いかもしれない。
でも、待っていても何も解決しない。ユージーはできる限りのことをしているが、警備を強化するのも限界がある。できるだけ早急に何らかの動きを出さないとリィ・カンパニーは破滅だ。
左手に握っていたノマドの剣の柄を持ち上げた。
闇の中でも自分の頭の中にはその刃を感じることができる。
剣はあいつを覚えただろうか。
あいつの新しい腕が前よりも強かったら、剣が覚える力を制限時間内に発揮することができるのだろうか。
(ケイナ)
ハルドの声が頭の中で響く。
(躊躇するな)
ケイナは目を閉じて剣を握ったままの腕をぱたりと倒した。
あいつは誰の意思で動いているんだろう。
クルーレの言うようにもともとのあいつの役目はプロジェクトに関わっていた主要な人間を殺していくことだっただろう。ティを襲ったときには、まだバッカードもエストランドも生きていた。
おれを直接狙ったときもそうだ。
いつ、あいつはハルドさんの意識になっていたんだろう……
まだ気持ちがぐらつく。
ダフルを殺されて憎くてしようがなかったのに、迷いが沸き起こる。
誰かが死ねばそれで丸く収まるなんて、そんな理不尽なことがあっていいはずがない。
どうすればハルドさん自身を取り戻すことができるんだろう……
ふと、人の気配を感じて身を起こした。
誰か来た?
耳を澄ませた。かすかな音が聞こえる。ベッドから下りて立ち上がるとそっと寝室のドアの前に立った。
外のドアじゃない。もう部屋の中に誰かいる。
ノマドの剣を握りなおし、寝室のドアを開きざまに腕を振り上げた。
「きゃーっ!」
聞き覚えのある声が響いた。
「やめて、やめて、やめて、やめて、あたしーっ!」
リア? ケイナはびっくりして腕をおろした。
「なんだよ……」
思わずつぶやいた。
「どうやって入ってきた?」
暗がりの中に両手を顔の前にあげていつもの泣き出しそうな顔をしているリアの姿があった。
「だから嫌だったのよう、ケイナの部屋に入るなんて……」
リアは顔を歪めてそう言うと手をおろし、ケイナの顔をこわごわ見上げた。
「ケイナ、ごめん、怒らないでね」
ケイナは訝しそうにリアを見た。
「絶対怒らないでね」
「だから、なんだよ……」
リアは弱りきったように目を伏せた。
「ごめんね、ダイがロックを開いちゃったのよ。あの子たちがどうしてもって言って聞かなくて……」
「はっきり言えよ!」
ケイナは思わず声を荒げた。
「やっぱり怒ってる……」
ケイナは口を引き結んだ。ダイがロックを外しただと? 子供に外れるロックかよ。カインが知ったら仰天するぞ。
リアは観念したように目をぎゅっと閉じると、後ろを振り返った。ケイナはその視線の先を追った。
暗がりの中に小さな人影が見えた。ダイとブランだ。
ふたりの足元に丸くなってうずくまっている緑色の髪を見るなりケイナが反射的に寝室のドアを閉めかけたのでリアは慌ててドアにしがみついた。ケイナは彼女を睨みつけた。
「おれをばかにしてんのか?」
「違うわ!」
リアは必死になって言った。
「あの子たちは、あなたがもうセレスを取り戻す方法を知ってるはずだって言うのよ!」
方法? ケイナの目が細められた。
「そんなもん、知らねぇよ……」
「ここまで必死になっておぶって連れてきたのよ。ケイナ、お願いよ。追い返したりしないで」
「お兄ちゃん」
ダイがケイナのそばに走り寄ってきた。上目づかいに見上げる彼の顔をケイナは見下ろした。
「夢見たちが辿りついたんだ。お兄ちゃんに会わせてあげなさいって言ってる。お兄ちゃんは思い出すからって」
ケイナはダイの顔をしばらく見つめたあと、険しい表情のままセレスに目を向けた。彼女は床にそのままうずくまるようにして眠っているようだ。
『ノマド』のシナリオだ。彼らはセレスを起こそうとしている。
セレスを起こしたらいったいどうなる? 何が起こるんだ?
彼らの思惑通りには動きたくない。おれはおれの意思で動く。操られるのはごめんだ。
でも、『グリーン・アイズ』のままだと『ノマド』は守護をしないかもしれない。
ちくしょう、これじゃあ、脅迫じゃねぇか……
「ケイナ、お願い」
リアはすがりつくような表情でケイナを見た。
「あなたしかできないみたいなの。わたしも、もう辛い。ふたりが憎み合うみたいに離れているのを見るのは辛いの」
ケイナの視線が鋭い。あまりの鋭さにリアは目を逸らしかけたが、我慢して彼の目を見つめ返した。
「セレスが必要だわ。そう思わない?」
「『ノマド』にとってか?」
ケイナは言った。
「『ノマド』のシナリオ通りにことを運ぶために、あいつを起こす必要があるってことかよ」
「なんのことを言ってるの?」
リアは困惑したように眉をひそめた。
「『ノマド』のためじゃないわ。あなたにとってよ」
ケイナは苛立たしげにリアから目を逸らせた。
「ケイナ、あなた、『ノマド』に戻ってきたときと同じ顔をしてるのよ」
リアは言った。
「ううん、そのときよりも酷いわ。あのときはセレスがそばにいた。あなたはセレスを見るときだけは優しい顔になってた。生きようって気持ちが現れてた。でも、今のあなたはいつもいつも暗い顔で、生きたいっていう気持ちが見えないわ。そんなのでこれからどうやっていくの?」
ケイナはリアから目を逸らせたままだった。
「あなたはセレスの声があるから、生きて行こうと思えるんでしょ?」
「出ていけ」
ケイナは再びリアを睨みつけて言った。
「もともとは『ノマド』がセレスの中の『グリーン・アイズ』を起こした。起こし間違えたから、今度はおれに元に戻せと言うのかよ。そうでなければ守護もしないと? ふざけんな!」
ケイナの言葉にリアの顔にも怒りの表情が浮かんだ。
「どうにかできるんだったら、夢見たちはそうしてるわ!」
リアはケイナに詰め寄った。
「ダイが言ったじゃない! 夢見たちが辿りついたって! あなたがコミュニティに行ったあと、彼らは必死になって過去を辿ったのよ? あなたの残したあなたの気配で彼らはセレスを取り戻す方法を探したのよ? 自分たちでできることなら彼らはどうにかしてるわよ! できないからここに来てるんじゃない!」
ケイナが再びドアを閉めようとしたので、リアは必死になってドアにしがみついた。