15-01 シナリオ

 ブランとダイが小さな通信機を持って帰って帰っていた。
リィのサーバを介さないのと、アシュアの生体反応でなければ繋がらないらしい。
当面はよほどのことがない限り連絡をすることもないだろうけれど、とリンクから言われたそうだが、ブランとダイがこちらに来た今となってはアシュアもあえて自分から向こうに連絡をする必要性を感じていなかった。
直接エリドにいろいろ聞いてみたい気持ちもあったが、たぶん聞いたところでケイナに話した以上のことを自分に言ってくれるとも思えなかった。
片方の腕をなくした『あいつ』が次にどう動くのかは誰にも分からない。
ただ、リィ・カンパニーの社員全員がカートの警護の元に物々しい雰囲気で仕事をすることになってしまったことだけは確かだった。
 クルーレはさすがに部下たちに軍服は着用させず、社員に紛れて警護する方法をとったが、社員の不安が大きくなっていくのが分かる。こんな状態が何ヶ月も続くのは良くないということは明らかだった。
かといってカインにも他の解決策は思いつかない。

 リアは夫のアシュアや子供たちとともにセレスの身の回りの世話も甲斐甲斐しくしてやっていた。
セレスはブランとダイが戻って来てからはずっと彼らと一緒にいる。3人で連れ立ってカインのオフィスに現れることもあった。
セレスがオフィスに現れると忙しいときはティが止めるのだが、そうするとセレスから激しい憎悪の視線を向けられるようだった。一度は言葉でせっつかれて困ったらしい。
「どうして? あなたはどうしてそんなに邪魔をするの? カインさんはわたしに会うのが嫌なの?」
「そうじゃないわ」
ティは言った。
「ここは仕事をする場所で、カインさんにはいろんなことに対しての責任があるの。あなたのことを大切に思っていても、そのときにやらなければらないことも……」
ティは束の間口をつぐんだ。前に自分がカインに言った言葉をふと思い出したのだ。ブランが熱を出したとき、出て行こうとするカインをなじった。
カインはきっと同じことが言いたかったのかもしれない。
「やらなければならないことも…… あるのよ」
泣き出しそうになるセレスをいつもブランとダイがなだめて連れて行った。その後ろ姿はまるで小さな子供のようだった。
何度かそういうことを繰り返していくうちセレスの言葉は次第にエスカレートしていった。
「あなたは嫌いよ」
セレスはティを睨みつけて言った。
「お姉ちゃん……」
ブランが止めたが、その時のセレスは聞かなかった。
「あなたはカインを独り占めにしたいんだわ」
ティの顔が強張った。
「自分がカインにとって一番だと思ってるんでしょう? わたし、知ってるわ。あなたはカインが好きなのよ。だからわたしを近づけさせたくないんだわ」
邪気のない大きな緑色の目と、子供のようなあどけない表情をするセレスの口から出たとは思えない敵意に満ちた口調だった。
「セレス、いい加減にして」
さすがにティも怒った。
「そんな個人的なことで言ってるんじゃないのよ。彼は今、忙しいの」
「あなたやヨクはオフィスに入るじゃない」
「聞き分けのないことを言わないで。あなたはもう充分分かる年齢のはずよ」
彼女のきっぱりした口調にセレスの顔が悔しそうに歪んだ。
セレスがさらに言い募ろうと口を開きかけたとき、オフィスのドアを乱暴に蹴飛ばす音がした。
全員が振り向くとケイナが険しい顔で壁に身をもたせかけて立っているのが見えた。
腕を組んで鋭い目で自分を睨みつける彼の表情を見てセレスの顔があっという間に固く凍った。
「お姉ちゃん…… 戻ろう?」
ブランが気遣わしげにセレスの手をとった。セレスは唇を噛んで俯いた。
ケイナの視線から身を遠ざけるようにしてオフィスを出て行くセレスを見送ったあと、ティはケイナに顔を向けた。
「ケイナ……」
声をかけると彼はこちらにちらりと視線を向けたあと、顔を背けてオフィスを出て行った。
ケイナの肩とすれ違いでティのオフィスにやってきたヨクは澱んだ重い空気を敏感に感じ取って眉をひそめた。
「どうしたんだ?」
彼は尋ねたが、ティは何も言えずにかぶりを振っただけだった。

 セレスは直接オフィスに来ることができなくなった。
カインの予定はリアがティに確認をとり、大丈夫ならリアも一緒に来るという物々しい状態となった。その苦渋の判断をしたのはカインだった。
「彼女は…… 15歳か、16歳くらいのはずよね?」
ティはカインに尋ねたが、カインは彼女の問いには答えなかった。
冷たく凍って眠っていたセレスは16歳で時間が止まっていたが、『グリーン・アイズ』はいったいいくつだったのだろう。時間が止まってしまったのはセレスではなく『グリーン・アイズ』のほうだ。彼女の時計は7年前に永遠に凍りついてしまったのだ。
カインの記憶の中の彼女は痩せ衰えてセレスよりはずっと年が下のような気がしていた。
ケイナはあまり表情には出さないが、彼の忍耐力もそのうち限界に達するだろうことは誰の目にも明らかだった。ケイナの顔を見るたびに現れるセレスの警戒心はあまりにも露骨だった。まるで汚らわしいものでも見るような目つきだ。あんな顔をされたら誰だって気分を悪くするだろう。
ケイナはオフィスにセレスが入ってくれば自分が出て行くという方法をとっていたが、それは自分だけならまだ我慢ができるという状態だ。しかし、中身がいくら『グリーン・アイズ』であってもセレスの姿で彼女が他にわがままをぶつけるのを見ることは途方もなく辛いに違いない。
カインは時々『グリーン・アイズ』は自分に会いに来るのではなく、ケイナを苦しめたいがためにオフィスに来るのではと思うことがある。
ここに来ればケイナがいると分かっていて彼女はやってくる。そのたびに強烈な嫌悪感をケイナに向ける。
なんとかしなければと思うのにカインには何も方法が思い浮かばなかった。
彼女を抱きしめればいいのか? 彼女が自分に向ける愛情を受け止めてやればいいのか?
受け止める? 何をどうやって? どうすれば彼女は癒されるというのか。
どんなに彼女が『グリーン・アイズ』だと分かっていても、セレスはセレスだ。
彼女が手を伸ばしてくるだけで、無意識に身構えてしまう。
浮かべた笑みすらもこわばってしまう。
『グリーン・アイズ』は最後にケイナに「生きてね」と言った。
何も見えなくなったモニターの向こうから、カインは確かに彼女の声を聞いた。
それなのに、どうして彼女はケイナを忌み嫌うのだろう。
カインにはそれが分からなかった。
何もできない自分の無力さに悔しさを感じるのみだった。