14-04 Double

「怪我は?」
ユージーはケイナの姿を上から下まで眺めて尋ねた。
以前よりずっと声が聞き取りやすくなっている。喉を見ると前とは違う機器がついていた。
ただ、まだ姿勢をまっすぐに保って歩けないらしく片手に杖をついている。
ケイナが小さくかぶりを振るとユージーは少し息を吐いてうなずいた。
「自分がついていながらどうしてと思っているのか?」
目を伏せるケイナを見てユージーはふんと鼻を鳴らした。
「そういうのは自惚れっていうんだよ」
ケイナが思わず顔をあげると険しい目が見えた。
「おまえは確かに人並み外れた部分がある。いや、人以上のことができるんだろう。だがな、おまえの自惚れで取り返しのつかないことがあることも覚えておくといい」
ケイナが口を開こうとするとユージーはさらに畳み掛けた。
「サン・バッカードとエストランド・カートは死んだよ」
開きかけた口がそのままになった。
ユージーは立ち疲れたのか、背後の壁に身をもたせかけた。
「カートでカタをつけた、と言いたいところだが、その前に殺されていた」
「誰に」
ケイナは目を細めた。
「首を『握り潰されて』いた。握り潰せる奴なんか、今のところひとりしか思い浮かばないな」
ユージーは吐き出すように答えた。ケイナは視線を泳がせた。
あいつか? あいつがやったのか……?
いや、『あいつ』ではない。きっとハルドさんだ……
ハルドさんの記憶は消えたわけじゃない。わずかな正気の時に動いたのかもしれない。
そんなケイナを見ながらユージーは口を開いた。
「バッカードが偽者だと見破ったことには感謝するよ。そのおかげで次のアクションが起こせたのだから。こっちからも人を送っていた。物騒なことをするつもりはなかったが、あいつがやらなくても結果的には同じだったかもしれない」
「バッカードとエストランドの接点が見つかったのか?」
ケイナが言うとユージーは肩をすくめ、突き放すような視線を向けた。
「そんなものは知らない」
ユージーの答えにケイナは眉をひそめた。
「ただ、バッカードは『アライド』にいた。それだけだ。それ以上の情報はいらない。調べる必要もない」
ユージーは言い放つとケイナを見据えた。
「なぜ必要だ? 十分だろう。バッカードも分かっていたはずだ。身代わりを置き、『アライド』に行くことがどれほど危険なことか。今この時期に自分が『アライド』にいるというだけで疑われることは承知のうえのはずだ。そして自らの命を失うことになった。これが事実だ」
「ユージー……」
言いかけて、これまで見たこともないユージーの気迫に満ちた目にケイナは次の言葉を続けることができなかった。
「『ゼロ・ダリ』は地球のカートで買収した。次にリィ・カンパニーに譲る。それはカインも受け入れた。『A・Jオフィス』にはおれの復帰を宣言した。おまえがいなくなった数日にここまでのことが動いた。おまえはいったい何を得た?」
ケイナは言葉を失くして俯いた。視界の隅に血に染まった自分の手が見えた。
「言え、ケイナ。ダフル・クルーレという命と引き換えに、おまえはいったい何を得た」
ケイナは俯いたままかぶりを振った。
「分からない……」
「ふざけるな!」
ユージーの罵声が飛び、手が伸びて胸ぐらを掴まれた。彼は杖で体を支えながらケイナを自分に引き寄せた。
「悲嘆にくれてめそめそ泣いているだけか! 泣く元気があるなら自分のやらなければならないことをしろ。それがなにか分かるか!」
ケイナは無言でユージーを見つめた。
「あいつに指示を出す人間はいなくなった。今までのあいつの動きでおまえは察してるはずだ。もう当初の命令など残っていないも同然かもしれない。ボスであったはずのふたりを殺したんだ。あいつはおまえとセレスだけじゃなく、周りの人間もおもちゃのように殺していくぞ。そういう『遊び』を覚えたんだ。最初の『遊び』がダフルだ。違うか」
ケイナの口から小さな呻き声が漏れた。
「いや、その前にティ・レン。カインにも」
ユージーは突き飛ばすようにケイナから手を離した。ユージーの力が強かったのでケイナは彼と反対側の壁に突き当たった。
「自惚れているだけで覚悟をしていない奴はおれは嫌いだ。リィに戻れ。クルーレの部隊も常時あちらに配置する。これ以上の遊びは許すな。本気でやれ。おれは言い訳など一切受け付けない」
ユージーはケイナを睨みつけて顔を背けると壁から身を離した。
ケイナは杖をつきながら歩き出すユージーの後ろ姿を黙って見つめた。
「ケイナ」
ふとユージーは足を止めた。
「おれはあいつがクレイ指揮官じゃないと思ってる」
振り向かないままユージーは言った。ケイナは返事をしなかった。ユージーから顔を背けると、コツリ、コツリと遠ざかっていく杖の音を聞きながら震える息を吐いた。
左手を顔の高さまであげると、ダフルの血に染まった自分の手のひらが見えた。
昔は自分の死ばかりを考えていた。
自分が死ぬか生きるか、それだけだったような気がする。
今は人の死がこんなに痛い。苦しくて辛い。たった2日しか一緒にいなかった人なのに。
言い訳?
そうかもしれない。どこかでそんなことを自分で自分に言い聞かせていたかもしれない。
助けたかったけれど、助けられなかった。
もっと前に気づいていれば、ダフルをひとりにしなければ。
何よりも、ダフルを連れて行ったりしなければ。
(ぼくがまた『コリュボス』に連れて行ってあげるよ)
あの時、どうして一言「ありがとう」と言えなかったのだろう。
なぜ彼がいてくれたおかげでここまで来れたのだと言えなかったのだろう。
ダフルが自分にかけてくれた数々の言葉が痛みを伴って降り注ぐ。
でも、もう遅い。ダフルは帰らない。あの人懐こい笑顔を二度と見ることはない。
(ひとつずつさよならを覚えていくの)
ジェ二ファの言葉が頭に浮かぶ。
今度はハルドさんとの別れを覚えるのか?
こんな別れは、もう、たくさんだ。
ケイナは口を引き結ぶと壁から背を離した。