14-03 Double

 身支度を整えていたとき、いきなり入った通信音にカインは仰天した。
慌てて画面に食らいつくと映ったのがブランだったのでさらに驚いた。
「お兄ちゃんが…… ビルの下まで迎えに来てって言ってる」
ブランは泣き出しそうな顔をしていた。
「今どこ?」
カインは尋ねた。
「もう、すぐ近くまで来てるって」
「分かった」
カインは急いで部屋を飛び出すとアシュアの部屋のドアを力任せに蹴った。寝ていたら今度こそぶん殴ってやる。そう思った。
「アシュア!」
大声で怒鳴ると予想に反してアシュアは憤慨したような表情で顔を覗かせた。
「なに。朝っぱらから」
「ブランが帰って来た。ケイナが連れてきたみたいだ」
言い終わる前にアシュアは部屋から飛び出した。その奥からリアも転がるように出て来る。
エントランスまで降りるとすぐに3人はダイとブランの姿を見つけた。
リアがあっという間にふたりに駆け寄って抱きしめた。
ブランは彼女に抱きつくなり大声で泣き出した。すでに朝の騒がしさを持っていたエントランスが彼女の声に一瞬しんと静まりかえる。
カインは周囲を見回した。
「ケイナは?」
尋ねると、泣いていなかったダイがカインを見上げた。
「ダフルを…… お父さんに返しに行った」
「ダフル?」
カインは目を細めた。
「ごめんなさい……」
ブランが泣きじゃくりながらカインを見た。カインはアシュアと顔を見合わせた。
「ブラン? どうしたんだ?」
アシュアが腰を落として彼女の顔を覗きこんだが、ブランはしゃくりあげるだけだった。
「ブランは分かってたんだ……」
ダイが答えた。
「ダフルは死んじゃうって」
ダイも顔をゆがめた。
「長老に相談したんだ。助けられるんじゃないかって。でもだめだって。何をどうしてもそれが運命なんだって。それしか見えないんだって。お兄ちゃんに言ったらまた別のお兄ちゃんを作ってしまうかもしれないからだめだって。お兄ちゃんはもう、ひとりで頑張らなきゃいけないんだって……」
ダイの目から涙がこぼれた。
「お父さん、ぼくら、これで良かったのかどうか分からないんだ。お兄ちゃん、ものすごく泣いてた。とても悲しそうだった。ダフルがいなくなってお兄ちゃんが泣いて…… ぼくも……」
ダイがしゃくりあげた。
「ダイ、もういいよ」
アシュアはダイを抱きしめた。ダイは声をあげて泣き出した。

 ダフルはカートのビルの一室に安置された。
しばらくして女性がひとり走ってくると猛烈な勢いで部屋に入っていった。
ちらりと見えた横顔がダフルによく似ていた。
クルーレが女性をひとり伴って来たのはそれから5分くらいたった頃だった。
女性は軍の情報課の制服を着ていた。ダフルが言っていた姉だろう。肩まで垂らしたまっすぐな髪はダフルによく似た灰みのかかった茶色で、凛とした横顔はかすかにクルーレを思わせた。
彼女は部屋の外に立ち尽くしているケイナをちらりと見て部屋に入っていった。
そのあとには続かず立ち止まって無言で自分を見下ろすクルーレをケイナは見上げた。
「助けられなかった……」
ケイナは言ったが、クルーレは体中ダフルの血で染まっているケイナを黙って見つめたままだった。
「……おれの…… せいだ……」
クルーレの顔をまともに見ることができず、ケイナは目を伏せた。そしてポケットから木組みの人形を取り出した。
「ダフルが…… あなたに渡してくれと言っていた」
差し出すとクルーレは大きな手でそれを受け取った。
「『ノマド』で子供たちと作った人形」
ケイナは口を引き結んだ。
「帰ったら…… 軍を辞めてジュニア・スクールの教師になるんだと言ってた」
クルーレはやはり何も言わなかった。
彼は手を伸ばすとケイナの左手を掴み、その手のひらを見た。そしてその目を彼の右手にも向け、もう片方の手で持ち上げた。
ケイナの両方の手はもう赤茶けていたが血まみれだった。
クルーレの大きな手から彼の体温が伝わった。
(どうした、こんなにすりむいて)
太い声が自分の頭の上で聞こえる。そんな記憶がふいに蘇った。
(痛かったら泣いてもいいんだよ)
(泣かない)
太い声にケイナは答えていた。
(こんなのたいしたことじゃない)
(強情な子だな)
ふふふと声が笑う。
ああ、この笑い方…… ダフルにそっくりだった。どうして今まで思い出さなかったんだろう。
太い声は最後にいつもこう言った。
(シャワーを浴びてきなさい)
「シャワーを浴びてくるといい」
クルーレはそう言うとケイナの手を離し背を向けた。
彼の大きな背中がスローモーションのようにゆっくりと部屋の中に吸い込まれていく。
ドアが開いたとき、かすかな嗚咽の声が聞こえた。
一瞬、くらりと眩暈を感じてケイナは後ずさった。
束の間ぎゅっと目を閉じて顔をあげると、廊下の端に人の気配を感じた。
ユージーが立っているのが見えた。
こっちに来いというように目で合図している。
ケイナは口を引き結ぶと、彼に足を向けた。