14-02 Double

 森の入り口に停めたプラニカが見えたとき、ダフルはやれやれというように背負っていた荷物をおろした。
「疲れてない?」
ダフルがダイに尋ねると、ダイはううんというように首を振った。
荷物をプラニカに載せ、ダフルはケイナに目を向けた。
「ちょっと待っててくれる?」
ケイナが顔を向けるとダフルは照れくさそうに笑った。
「用足しに行って来る」
ケイナはうなずいた。
ダフルは一度出た森の中に再び入っていった。
ほんの少し離れた場所ならいいだろう。
そう思って茂みに足を踏み入れようとしたとき、背後に人の気配を感じて振り向いた。
「なんだ」
彼は笑った。
「きみもなの?」
ダフルはそう言って顔を前に戻すと再び茂みに足を踏み入れた。
「ぼく、ほんとにトイレが近くてね。1時間に1回くらい行っちゃうこともあるんだ。訓練のときも少しくらい我慢しろってだいぶん怒られた。今日は歩いてたから……」
しゃべりながらふと背中に違和感を覚えた。そしてようやく気づいた。
ケイナは肩まで伸びた金髪を無造作に後頭部でゆわえていた。だからいつも目の下あたりまで垂れた前髪の奥に耳が見えていた。
両耳に鎖のついた青いピアスがあった。
きれいな子はきれいなものをつけるとやっぱりきれいだな、と、そんなことを考えた。
どうして気づかなかったんだろう。

……それは、同じ顔だったからだ。

「思いっきり恨めとあいつに伝えとけ」
耳元でささやかれたあと、ダフルは茂みの中に倒れ込んだ。

 ダフルが森の中に走って行ったあと、ケイナはプラニカのメーターを覗き込んだ。
燃料は減っていない。誰かが抜き取ったあともない。大丈夫だ。
顔を外に出したときふいにブランが自分の手をとったのでケイナは彼女に目を向けた。
「なに?」
ブランは何も言わずにケイナを見上げた。その目が涙で一杯になっていたのでケイナは目を細め、そしてゆっくりとダフルの歩いていった方向に顔を向けた。
再びブランに顔を向けたとき、彼女は小さな声で言った。
「……ごめんなさい……」
その言葉を聞いたとき体中に痺れるような衝撃を感じた。
ケイナはブランから手を引き抜いて身を翻した。
あっという間に顔から血の気が引くのが自分でも分かる。心臓が破裂しそうなほど動悸を打った。
「ダフル!」
森の中に入ってあらん限りの大声で呼んだ。
そんなに遠くまで行ってはいないはずだ。
周囲を見回した。
同じような木立、同じような茂み。
たちこめていた朝靄が少しずつ晴れかけていた。
「ダフル!」
小さな呻き声が聞こえたような気がして顔をめぐらせた。そして茂みの中にダフルの姿を見つけたとき思わず声にならない悲鳴が漏れた。
「ケイナ……?」
ダフルは抱きかかえられて仰向けにされたあと、うっすらと目を開けてケイナを見た。
「……今度はほんとの…… ケイナだな……」
ケイナはダフルの胸から流れる血の多さに愕然としながら周囲を見回した。何か止血できるもの……
なにもない。ケイナは上着を脱ぎ捨てると下に着ていたカーキ色のシャツを脱いで力任せに引き裂いた。
「護衛がさ…… 呆れるよねえ…… ぼくはやっぱし…… 向いてない……」
「しゃべんなよ」
ケイナは彼の胸の傷口を押さえながら必死になって言った。
「ケイナ…… きみは…… かっこいいな……」
ダフルはうっすらと笑みを浮かべた。
「青いピアスがさ…… 似合って…… きれい…… 思った……」
「ダフル、頼むよ、しゃべるな」
声が震えた。血が止まらなかった。押さえても押さえても自分の手が赤く染まっていく。
「ケイナ…… 父さんにさ…… 渡して…… くれる……?」
ケイナは思わずダフルの顔を見た。
「ポケット…… 入ってる…… にんぎょう……」
「ダフル、だめだぞ、帰らないと!」
ケイナは半ば叫ぶような声で言った。
「うん……」
「すぐ手当てしてやるから」
ケイナはダフルを抱えあげようとした。腕を肩に回したが、小柄なダフルが思いのほか重かった。
「にん、ぎょ……」
ダフルの首が不自然にぐらりと傾き、目から色が消えた。
「ダフル! だめだ! 帰らないと! ダフル!!」
彼の耳元で叫び散らしたが、ダフルの目は虚空を見つめたままだった。
掴んでいたダフルの腕が血で滑って自分から落ちた。彼の重みで草が潰れる音がした。
ケイナはダフルの血で染まった自分の両手を見た。自分でも信じられないほど震えていた。
「なんで……」
赤い手とダフルの顔を何度も交互に見た。
「なんでダフルが…… なんで気づかなかった…… おれは……」
涙が溢れた。怒りと失望が耐え難いほど襲う。
「なんで…… なんで……」
同じ言葉を繰り返しながら、ケイナはダフルを抱きしめて泣いた。
ダイとブランがお互いの手をしっかり握りながらその姿を見て立ち尽くしていた。