13-06 夢見

 エリドのテントをあとにし、ダフルの待っているテントを覗き込んでケイナは一瞬ぎょっとした。
テントの中は子供たちで一杯だった。子供の熱気がこもって暑いくらいだ。
ダフルは子供たちの真ん中に背を丸めて座っていた。
「何してんだ……」
覗き込んでつぶやくと、ダフルは彼に気づいて顔をあげた。嬉しそうに頬を上気させている。
「ケイナ、ほら、見て」
彼は小さな木組みの人形を持ち上げて見せた。
「この子たち、手先が器用だねえ。教えてもらってたんだ」
「ここにヒモ、通すんだよ」
ダイが人形の頭の部分を指差した。
「あ、そうか、そうか、なるほどね」
ダフルはうなずくと、ヒモを通して人形をぶらさげた。
ケイナは顔をめぐらせた。
ブランがテントの隅で小さな子に木の実を繋いだ首飾りをかけてやっている。
「帰るぞ」
視線を戻して言うと、ダフルは目を丸くした。
「今から? また半日かけて?」
「帰りは道が開くから少しは早くなる」
ケイナはそう言って荷物を持ち上げようとした。その手をダイが掴んだ。
「今日はもう遅いよ」
上目づかいに見上げるのはダイの癖らしい。ケイナはダイの顔を見つめてため息をついた。
そうだ。ダイとブランを連れて帰らないといけない。この子たちに夜の森を歩かせるのは無理だ。もし何かあったとき、今の自分には守ってやれる自信もない。
心配そうに自分の顔を見つめるダフルに目をやったあと、ケイナは荷物をおろした。
「明け方には出るから」
そう言い捨ててテントを出た。
森に夕闇が迫っていた。
『コリュボス』のような人工的なものではない本物の夕日のオレンジの光。
ケイナはテントの外にあった小さなベンチ式の椅子に仏頂面で腰をおろすとポケットに手を突っ込んで前に足を投げ出した。切れた口に手を当てると、ぴりっと痛んだ。
鮮やかなテントの紋様に夕日の赤い色が映りこんで、匂いたつほどの鮮やかさを森の中に解き放っている。
それを見てもケイナの気持ちは晴れなかった。
『ノマド』にいると気持ちが安らいだものだった。今はもう『ノマド』の中にさえ自分の居場所はないと思える。今のような気持ちでなければ夕日の色もこの光景も美しいと思えるのだろうか。
記憶の中にあるハルド・クレイの顔を思い出した。
短く切った髪に理知的な目鼻立ち。自分に似た青い瞳。
弟のセレスを見るときの優しいまなざしをそのまま自分にも向けてくれた。
彼に対してだけは何の警戒心も持つことはなかった。少ない言葉で全てを理解してくれるような包容力が彼にはあった。義理の兄のユージーと同じくらい、彼には信頼を持つことができた。
そのハルド・クレイを葬るなんて ……どうすればそんな決心がつくだろう。
どうすれば残っているハルドさんの意識を取り戻すことができるんだろう。夢見たちですら取り戻せないハルド・クレイの意識を。
夢見から突きつけられる膨大なイメージは彼らが意図してそうしているのではない。
彼ら自身にもその形でしか見えないのだ。それが『ノマド』の夢見の力の限界だ。
彼らはそのイメージを繋ぎ合わせて未来を読む。当然間違えることもあるし、外れることもある。そのことは分かってはいたが、何をどう読まれても今は受け入れることができなかった。受け入れたくなかった。
『ノマド』はきっと『グリーン・アイズ』の血が持つ最後の言葉を望んでいる。
それだけはしたくない。
あいつの中に残るハルドさんの意識はセレスを残して死ぬことなんか絶対望んでいないはずだ。最後の言葉ではなく彼を取り戻す言葉がきっとあるはずだ。
誰の言葉がどう働くのかは分からないが、自分は絶対に言わない。ハルド・クレイを死なせたくない。セレスにも言わせない。
だとしたらセレスは起こさないほうがいい。このまま全てが終わるまで『グリーン・アイズ』でいたほうがいい。みんなの命を狙っているのが自分の兄だということを、あいつが悟ることもまた、あまりにも残酷だ。
でも……
ケイナは足元の草に視線を落とした。
もしかしたら、もう、おれは生きてあいつに会うことができないかもしれない……
テントの外にまでダフルと子供たちの笑い声が聞こえて、ケイナは苛立ったように顔をしかめて立ち上がった。
歩き出そうとしたとき目の前に誰かが立っていたので顔をあげた。
笑みを浮かべて立つ人物には覚えがあった。リンクだ。
後ろに見知らぬ女性が立っている。
「お帰り。ケイナ」
7年もたっているのにリンクはあまり変わっていなかった。淡い栗色の短い髪に知的な表情も昔のままだ。
「辛い思いをさせてごめんよ ……ぼくらのこと…… 恨んでいるだろうね。きみもアシュアも」
ケイナはポケットに手を突っ込んだまま、少し顔を傾けてかぶりを振った。
「アシュアが…… 恨むわけないだろ」
「きみは?」
おれ?
ケイナはリンクの顔を見た。
恨む? いいや、別に恨んでるわけじゃない。ただ…… 未来を見失っただけだ。
「痩せたね」
リンクは言った。ケイナは曖昧にうなずいた。
「長く眠っていたものな…… ちゃんと食べてる?」
その言葉にケイナは思わずくすりと笑った。リンクらしい言葉だった。
「ああ、そうだ」
リンクは後ろに立つ女性の肩に手を置くと、彼女を前におしやった。
ケイナは怪訝そうに女性の顔を見た。黒い髪をぷっつりと顎のところで切りそろえ、見たところエリドとそう歳が変わらないように見える。
「きみの姿を見かけてね。話がしたいというのでつれてきた」
女性が困ったようにリンクを見たので、彼は慌てて言った。
「ああ、ごめんなさい。しゃべれないんだったね」
そしてケイナに顔を向けた。
「彼女、あまりうまくしゃべることができないんだ」
ケイナの表情がさっとこわばった。
うまくしゃべることができない…… 黒髪…… 年齢も合う。
ケイナは思わずリンクに非難の目を向けた。リンクはその目から逃れるように顔を逸らせた。
ユサ。幼い頃、マレークとともに自分を育ててくれた女性。
でも、彼女は記憶を封印されているはずだった。
ユサはゆっくりとケイナに歩み寄った。
「あの……」
彼女は小さな声で言った。
「お帰り」
ケイナの口元がかすかに震えた。慌ててユサから目を逸らせた。
そんなケイナの顔を探るように眺めると、ユサはにっこり笑った。そしてリンクを振り向いた。
「もう、いいの?」
目を丸くするリンクに、彼女は控えめにうなずいた。
「お帰りを…… 言いたかったの」
彼女はそう言うとケイナに再び顔を向けて笑みを浮かべ、背を向けた。
「ゆっくり休んで」
リンクはケイナに笑いかけ、慌てて彼女について背を向けた。
ケイナは何も言えず、ふたりの後ろ姿を見送っていた。
彼女の記憶はいったいどこまで封印されているのだろう。
ここで『母さん』と呼ぶと、いったいどうなるのだろう。
彼女の記憶は戻ってしまうのだろうか。
病気で死んだと知らされていた夫が、実は目の前の男に殺されていたのだと気づいてしまうのだろうか。
彼女の中におれはいない。
うっすらとした記憶だけでしか生きていない。
いや、記憶なのかどうかも彼女には分かっていない。
7年前のあのときに眠ってしまったままだったら、彼女だけでなく全ての人にとって自分は薄れていく記憶のひとつでしかなかっただろう。
いや、その前に……
ケイナは足元に視線を落として口を引き結んだ。
そもそも、生まれて来なければ良かったのではないかと思ってしまいそうになったからだ。
生まれて来なければ良かったトイ・チャイルド。
でも、生まれてしまった。
何のために?
命って、みんなおんなじじゃなかったのか?
(きみは、自分がこの星で生きてはいけない存在だという自覚があるか?)
人と違う能力を持っているから?
違う血を持っているから? おれもセレスもハルドさんも?
どこが違うんだよ……
当たり前に生きて、当たり前に年をとって死んでいく。
寿命がくればいつかは死ぬ。
そんな普通の命じゃないか……
ぼんやりと立ち尽くすケイナの後ろ姿を、ブランがテントから顔を出してじっと見つめていることに彼は気づかなかった。