13-03 夢見

 地球に戻ったケイナとダフルはジェ二ファに教えてもらった森の入り口にプラニカを停めた。
「通信機は持っていけないから。磁場に入ると壊れる」
ケイナがそう言ったので、ダフルはバッグに入れようとしていた通信機を座席に置いた。
「とりあえず3日分の食料と水。早けりゃ一日だって言ってたけどほんとかな」
ダフルはそう言いながら荷物をとりあげるとプラニカを降りた。ケイナは彼から荷物をひとつ受け取ると肩にかけて歩き始めた。
「訓練ではよく森に入ったけど、『ノマド』がいるなんて全然分からなかったな」
草を踏み分けながらダフルはつぶやいた。ケイナは何も言わなかった。
そもそもダフルの口は休むことを知らないので全部に返事をしていると疲れきってしまう。
しかしダフルはケイナがほとんど返事をしないことも全く気にならないようだった。
「ねえ、きみはどこの養成コースにいたの?」
ダフルは前を歩くケイナに走り寄って横に並びながら尋ねた。
「軍服を着てるけど、軍の所属じゃないでしょう。見た感じ、情報通信系か医療系か…… うーん、マスコミ関係かなあ」
にこにこ笑いながら言う彼の顔をケイナは少しうっとうしそうにちらりと見た。
「ちょっと前にきみみたいな雰囲気のミュージシャンがいたよ。すっごく歌がうまくてさ、ぼくはけっこうファンだったんだ。途中で引退しちゃったけど、もったいなかったな」
ケイナはやはり何も言わなかった。
「父さんはそういう音楽を聞いてるからおまえはいつまでもひ弱なんだって言ってたけどね」
ダフルはふふふと笑った。
「ねえ、きみは……」
そう言ってケイナを見上げた途端、彼の目が丸くなった。額に銃口がつきつけられているのを見たからだ。
「おれ、『ライン』だったよ。『コリュボス』の。希望は諜報」
ケイナは言った。
「ハイラインの途中でドロップアウトしたけど」
そう言って銃を上着の内側に入れた。
「そうなの?」
ダフルはびっくりしたようにケイナを見た。
「担当は誰?」
「ジェイク・ブロード」
不機嫌そうに答えて再び歩き始めるケイナの言葉を聞いて、ダフルの顔がますますびっくりしたようになった。
「ブロードが担当するのはかなり上位の生徒だけだよ。ぼくは規定期間ぎりぎりまでいたんだけど、きみのこと覚えてないなあ。きみみたいな子だったら相当目立ったと思うけど」
そりゃ覚えはないだろう。ケイナは心の中でつぶやいた。自分が『ライン』にいた頃、ダフルはまだジュニア・スクールだ。
それにしてもジェイク・ブロードがまだ『コリュボス』の『ライン』にいるというのは驚きだった。
「ハイラインまで進んでもったいないことを…… なんで辞めちゃったんだ?」
ダフルはずけずけと疑問をぶつけてくる。ケイナは返事をしたことを後悔した。
「続けられなくなっただけ」
ケイナが答えると、ダフルは首をかしげた。
「なんで? きつかったから?」
ケイナは曖昧にうなずいた。彼に全てを話す気もなかったが、返事をするのが面倒臭かった。
「やっぱ、あれかな。ブロードの射撃の訓練はきつかったからねえ。ぼくはもちろん彼じゃなかったけど射撃は最後までだめだったよ」
ダフルは一方的にケイナが辞めた理由をブロードに押しつけて納得している。
「『コリュボス』の『ライン』だったんならさ、あいつ知ってる? ほら……」
「あんたさ」
なおも話し続けようとするダフルを遮ってケイナは言った。
「ずっとしゃべってると、体力消耗するよ」
「大丈夫だよ」
ダフルは笑った。
「体力には自信あるんだ」
ケイナは呆れたようにかぶりを振った。
ダフルがむっつりと黙り込んでしまったのはそれから2時間後だった。
2時間もしゃべり続けたのだから確かに体力はあったのだろうが、足場の悪い場所を歩いていて消耗しないほうが不思議だ。
しばらくしてケイナはへたりこんでしまったダフルを振り向いて立ち止まることになった。
「ちょっと…… ちょっと、水を飲むから」
ダフルはケイナを見上げて照れくさそうに笑った。
「訓練で教わっただろ」
眉をひそめて言うケイナの言葉にダフルはうなずいた。
「分かってる。分かってるけど」
ダフルは水を口に含んで飲み込むと、ふうと息を吐いた。
「ノ…… 『ノマド』のコミュニティってどんなところなのかな」
ケイナは目を細めてダフルを見た。ダフルはケイナをちらりと見上げて視線を泳がせた。
「あ、あのジェ二ファっていう人を見てると、別にそんな怖い場所じゃないなと思ったんだけど…… なんていうか、ああいう経験て初めてで……」
ダフルは目をしばたたせた。
「敵か味方かわかんないようなこと言ってたよね。もし敵だったらぼくたちはその……」
「『ノマド』は武器を持たないんだ」
ケイナは答えた。
「別に怖い場所でもない」
「そうなんだ?」
(大きな失望は待っているかもしれないけれど)
ケイナは心の中で付け加えた。
うかがうような目で見上げるダフルを見つめ返したあと、ケイナは視線を逸らせた。
ダフルはケイナから手に持った水のボトルに視線を移した。
「ねえ、ケイナ」
ダフルはボトルを見つめながら言った。
「ジェ二ファはさ、まだ若いから、もっと長生きするよ」
意外な言葉にケイナはダフルに目を向けた。その顔を見上げてダフルは小さく笑みを見せた。
「あんなこと言ってたけどさ、人の死なんてそんな簡単に前もって分かるもんじゃないよ」
彼はそう言うと、自分の言葉に自分でうなずいた。
「ぼくがまた『コリュボス』に連れていってあげるよ。行けば、ジェ二ファがぴんぴんしてるってことがきっと分かる。大丈夫だよ。必ずまたジェ二ファのところに連れて行ってあげるから」
ケイナはダフルに近づくと、彼の荷物を持ち上げた。
びっくりしてダフルが見上げると、顔に垂れかかった髪の奥でケイナの口元がわずかに笑みを浮かべたように見えた。
「行くよ」
ケイナはそう言うと歩き出した。
ダフルは慌てて立ち上がるとケイナのあとを追った。

 それからさらに2時間ほど歩き続けたあとケイナはふいに立ち止まった。
「どうした?」
ダフルが彼を見上げた。ケイナはしっというように指を立てた。そして周囲を見回した。
「隠れても分かるよ」
彼がそう言うなり黒い小さな影が飛び出したので、ダフルは悲鳴をあげた。
「お兄ちゃん! すごい!」
小さな茶色い目がケイナにしがみついて叫んだ。
「お父さんと一緒だ!」
「ブラン……」
ケイナは戸惑ったように彼女の顔を見つめた。
「びっくりした…… 子供か」
ダフルが息を吐いて顔を拭う。
「ダイ!」
ブランが呼ぶと、木の陰からおずおずと男の子が顔を出した。ブランにそっくりだが彼女とは感じが違った。くるくるとした赤い巻き毛がアシュアを思い出させる。
「お兄ちゃん、ダイと会うのは初めてだよね」
ダイはふたりに近づいて顔を見上げた。
「ぼくは会ってたよ。ブランの目で見てた」
ダイは小さな声で上目づかいにケイナを見て言った。
「この子たち…… 誰?」
ダフルが困惑したような表情でケイナの顔を見た。
「『ノマド』の子供たち」
ケイナがそう答えたので、ダフルは目を丸くした。
「迎えに来たよ。おばさんはちゃんと教えてくれたんだね」
ブランはふたりを見てにっこり笑った。