13-02 夢見

「足元、気をつけてね。」
ケイナとダフルを自分の部屋に案内したジェ二ファは、前にケイナが来たときと同じ言葉を口にした。
彼女の部屋は変わっていなかった。
相変わらず床にはたくさん皿が並んでいるし、壁にはびっしりと木の枝が貼り付けられている。
ダフルは恐ろしげな表情で周囲を見回しながら首をすくめてケイナのあとから部屋に入ってきた。がしゃんと音がしたので振り返ると、ダフルは申し訳なさそうな顔をした。
「すみません…… 踏んじゃった……」
ジェ二ファは笑った。
「皿よりあなたの足よ。気をつけて、って言ったのは。怪我はない?」
ダフルは目を真ん丸くしたまま、こくこくとうなずいた。
「2、3日前だったからしら。小さな女の子が来たの」
奥の部屋でケイナを振り返ってジェ二ファは言った。ケイナが目を細めたので、彼女は手を振った。
「あ、夢の中にね。本当に来たんじゃないのよ」
彼女は前と変わらぬ大きな水晶の板が置いてあるテーブルの前にケイナを促した。
ダフルがケイナの後ろからこわごわ顔を覗かせた。
「これ、なんですか?」
「水晶の板よ。わたしが夢見に使うものなの」
ダフルはそれを聞いても何のことか分からないような表情だった。彼のこれまでの人生で『ノマド』は未知の世界だったからだろう。ジェ二ファは視線をケイナに戻した。
「その子がね、青い目のお兄ちゃんが来るから場所を教えてやって欲しいって言うのよ。手を繋いだことがあるからそれを頼りにすれば分かるかもしれないって」
「ブラン……」
ケイナはつぶやいた。
「コミュニティを探してるの?」
ジェ二ファが顔を覗きこむようにして言ったので、ケイナはうなずいた。
「でも、地球にいるコミュニティなんだ。『コリュボス』じゃない」
「地球……」
ジェ二ファはため息まじりに言うと水晶の板に目をやった。
「それで手を繋いだからって言ったのね」
彼女はそうつぶやくとケイナに再び目を向けた。
「さすがにわたしも真空間を越えてまで夢見をしたことなんかないわ。手を繋いだからって、辿れるものなのかしら……」
そんなことは聞かれてもケイナだって分からない。
「どっちの手を繋いだの?」
彼女が言ったのでケイナは左手を差し出した。ジェ二ファはその手を右手で繋ぐと左手を水晶の板にかざした。ダフルが怖いものでも見るような顔で覗き込んでいる。
「なんか感じるの?」
ダフルが小さな声でケイナに聞いたので、ケイナは小さくかぶりを振った。
「静かにして」
ジェ二ファに言われてダフルは首をすくめた。
彼女は目を閉じて眉間に皺を寄せた。小さな口がきゅっとすぼまっている。
やっぱり無理なのかもしれない……
ケイナは思った。
『コリュボス』の上なら分かっても、地球の上にあるコミュニティは恐ろしい遠さだ。
ジェ二ファがどんなに優れた夢見の能力を持っていても難しいだろう。
「あら、いやだ。アシュアの娘だったの?」
ふいに彼女が口を開いたので、ケイナとダフルはジェ二ファの顔を見た。
ジェ二ファはくすくす笑った。
「いやぁね、教えてくれればいいのに」
「分かったの?」
ケイナが彼女の顔を覗きこむと、ジェ二ファはうなずいた。
彼女はケイナの手を離すと顔を巡らせ、小さな紙とペンを持ってきた。
「ええとね…… 地球の地図ってわたしはうまく描けないんだけど……」
彼女は紙の上にペンで大きな円をいくつか書いた。
「これ、大陸。ここと、ここと、ここね。で、このへん…… かな。森が3つくらいある。そのうちの一番大きな森」
「あれ……」
覗き込んでいたダフルがつぶやいた。
「ノース・ドームじゃないかな…… 一番大きな森はシティからそう離れてないよ。ダム湖の近くだ」
ケイナはティとセントラル・バンクに行ったとき、窓から見たダム湖を思い出した。あんな近くにいたなんて……
「待ってるって」
ジェ二ファは言った。
「ごめんねって言ってる。お父さんとお母さんは泣いてないかって気にしてる」
ケイナは思わず目を伏せた。
アシュアはともかく、たぶんリアは毎日泣いて過ごしているかもしれない。
ジェ二ファは片手を伸ばすとケイナの頬を撫でた。
「寒いところから…… よく帰ってきたわね」
「知っていたの……?」
自分の顔を覗きこむようにして言う彼女の言葉に、ケイナは目を細めた。ジェ二ファはかすかに笑みを浮かべた。
「なんとなくだけどね」
彼女はそう言って、もう片方の手もケイナに伸ばした。
「……ずいぶんと痩せちゃったのね」
子供を慈しむように頬を撫でる彼女の温かい指がくすぐったい。
「辛い思いをしているんだろうけれど、頑張るのよ」
ケイナの顔を引き寄せて、彼女はその顔をじっと見つめた。
「ケイナ ……わたしとあなたが会うのはもうこれで最後よ」
ケイナはジェ二ファの黒い瞳を見つめ返した。
「どうして……?」
ジェ二ファは小さく笑みを浮かべた。
「寿命よ。わたしはもうすぐあの世に行くの」
なんでもないことのように彼女は言ったが、ケイナの表情があっという間に変わった。傍から見てもわかるほど血の気がひいていく。
「そんな顔しないのよ。みんな一緒でしょ? いつかは死ぬの。あなただって寿命がくれば死ぬのよ」
ここに来るまで、ジェ二ファはもしかしたら死んでいるかもしれないということは考えた。
でも彼女は生きていた。
生きていた彼女を前にして、次は本当にいなくなることは受け入れ難かった。
ケイナは小さくかぶりを振った。「いやだ」というふうに口が開いたが、声は出なかった。
ジェ二ファは彼の肩に腕を回すとしっかりと抱きしめた。
「辛いけど、みんな、ひとつずつさよならを覚えていくの。そういうものなのよ」
ケイナの体が小刻みに震え出した。
「あなたはまだたくさんの人がそばにいるでしょ? その人たちと生きていくのよ」
ジェ二ファはケイナの髪を撫でながら言った。
「さよなら、ケイナ。あなたに会えてよかった」
ダフルは俯いた。
そして背を向けてそっと部屋をあとにした。