13-01 夢見

 8年前に住んでいた『コリュボス』のアパートがまだ残っているかどうかケイナは半信半疑だったが、ダフルは思いのほかすばやくその存在を確認してくれた。
あとはジェ二ファがいるかどうかだ。彼女が生きているかどうかは分からない。
アパートの住民の大半は『ノマド』出身者で住民登録はしていなかったから消息の確認ができなかった。
一切の通信機器を持たないジェニファに会うには『コリュボス』に直接行くしかなかったのだが、それもダフルが手配した。彼が星間機の操縦が可能であったのはケイナにとって有難い話だった。
ダフルの動きはケイナも感心するほど手際がいい。彼はこちらが必要最低限の意思表示をするだけでずっと先までの必要なことを見通してしまう。
ケイナは常に文句をつけたそうな表情で息子を見ていたクルーレの顔を思い出した。
このずば抜けた能力はもしかしたら父親であるクルーレは分かっていないのかもしれない。
「機械類も好きでね。エンジニアのほうが向いているのかもしれない」
ダフルは星間機の操縦席に座って笑いながらケイナに言った。
彼は笑うと目尻がじんわりと垂れ下がり、口の端があがってなんとも愛嬌のある表情になる。灰みのかかった栗色の髪は父親譲りだったが、いかめしい顔つきであまり表情の出ないクルーレとは対照的だった。とりたてて長身ではないケイナも小柄な彼を前にすると視線が下になった。
「ぼくは母さん似なんだ。言わなきゃ誰もぼくがアンリ・クルーレの息子だとは気づかないよ。クルーレ姓は何人もいるからね。でも姉さんがどっちかというと父さん似で」
ダフルはくくくと笑った。
「でも、気づかれないほうがいいんだ。父さんの息子っていうだけで違う目で見られるのはけっこう辛いものがある。ぼくはあんまりできのいいほうじゃないしね」
ダフルは話し好きらしく、『コリュボス』に着くまでずっとしゃべっていた。
彼はきっと父親にしょっちゅう叱られてばかりいるのだろう。
自分で得意なことは認識できていて、なおかつ実際に人よりもずば抜けているというのに、それが周囲に認められない彼は少し哀れだった。
「父さんは何も言ってくれなかったけど、きみはカート家に関係のある人なの?」
薄茶色の目がこちらを向く。返答に困って顔を伏せるケイナを見てダフルは小首をかしげた。
「カート社長に弟がいたって話はだいぶん前に聞いたけど…… 確か、闘病中だったはずなんだよな…… それ以外にカートの名前できみくらいの年齢の人ってあまり覚えがないし…… それにだいたいカートの血筋の人は黒髪だから金髪だと分かるはずなんだけど」
「あんた、名前だけで違う目で見られるのは辛いものがあるって、言ってたじゃないか」
ケイナが言うと、ダフルは笑った。
「ははは、そうだったね。カート姓もたくさんあるよな。すまなかった。詮索しすぎちゃった」
とことん、ダフルは楽天的だった。
ケイナが何を言っても、どんな対応をしても全く意に介さない。

 『コリュボス』のエアポートに着くとダフルは嬉しそうに周囲を見回した。
「ぼくは『コリュボス』の『ライン』だったんだよ。懐かしいなあ。『コリュボス』。2年ぶりかなあ」
ケイナは思わずダフルの顔を見た。
ダフルは20歳を少し過ぎたくらいの年齢に思えていたが、ほんの2年前に『ライン』を修了したばかりとは思わなかった。見た目こそダフルのほうが年上でも、本当なら自分のほうが遥かに彼の年齢を超えていることになる。そのことが少し衝撃だった。
星間機から軍のプラニカに乗り換えて移動する間もダフルは嬉しそうだった。
「変わってないなあ」
何度も同じ言葉を連発する彼の声にケイナも窓の外の景色を見た。確かに8年前の記憶からも『コリュボス』は変わっていない。ただ、緑は多くなったかもしれない。
 アパートが見えて西にある湖が視界に入ったとき、ケイナは自分でも気づかないうちに小さく息を吐いていた。ついこの間の出来事のようなのに8年もたってしまった。
4人で休暇を過ごしたこと、『ライン』を抜け出しセレスと湖に行ったこと、訪れる自分の死期に怯えたこと、凍える島でのこと……
置いてきたセレスのことを思うと胸がじくりと痛んだ。
セレスの声だけを頼りに生き抜いてきた。これが人を好きになることだと知ったのは最後の最後だった。あのときは目が覚めることがあるなど思いもしなかった。
でも、目が覚めたらセレスは名前を呼んではくれなくなっていた。
目の前にいるのに抱きしめられない。触れることもできない。それがこんなに辛いことだとは思わなかった。
「着いたよ、これ、どうするの? エントランスから普通に?」
ダフルの声にケイナははっとして顔をあげた。
プラニカはアパートの前に下りていた。外に出て見上げると以前と変わらない色とりどりの窓辺の花が見えた。
「めずらしい建物だね」
ダフルが同じように見上げてつぶやいた。
どうしよう。
ケイナは困惑した。自分の生体認証などとっくの昔に抹消されているだろう。もちろん、自分の部屋だってないだろう。
声をあげて「ジェ二ファ」と呼べば彼女は出てきてくれるのだろうか。そもそも、彼女はまだ生きているのだろうか。
考えあぐねていると誰かが出てくるのが視界の隅に入った。ケイナとダフルは二人揃ってそちらに顔を向けた。
「ケイナ……」
ジェ二ファが顔をくしゃくしゃにして立っていた。
「帰ってくるなんて…… 本当に帰ってくるなんて!」
太った体をゆさゆさと揺らしながら自分の腕に飛び込んで来た彼女を、ケイナはびっくりしながら受け止めた。
「ケイナ、お帰り ……お帰り」
ジェ二ファは滝のように涙を流しながら繰り返した。
小さな子供にするように後頭部を彼女になでさすられながら、ケイナは笑みを浮かべた。
「ただいま…… ジェ二ファ」
ダフルが後ろでくすんと鼻をならした。