12-05 Truth

 カインはモニターから視線を外すと椅子の背もたれに身を預けて大きく息を吐いた。
キーボードの上に置かれたまま、全く動いていない自分の指先に何度も気づいた。
ケイナがいなくなって3日になる。
バッカードの身代わり報告を受けてプロジェクトに関わったスタッフは全員遺伝子レベルでの本人確認をした。いなくなっていたのはバッカードだけだった。
恐ろしいと思ったのは、声紋や虹彩チェックでもバッカードはこれまでひっかからなかったということだ。と、いうことは、声はともかく、彼は眼球の移植までもしたことになる。
そこまでして何をしようとしている?
『ゼロ・ダリ』という金の成る木を見つけたつもりなのか?
それともリィ・カンパニーへの恨みか?
一昨日ケイナが『コリュボス』に向かったとクルーレから知らされた。
「あいつ、昔のアパートに行ったんじゃないかな……」
アシュアがそれを聞いてつぶやいた。
「『ノマド』の居場所を知るために、きっとジェ二ファに会うつもりなんだ」
『コリュボス』に行くとしたら、それしかないだろう。夢見の力を持つ彼女に、アシュアのいたコミュニティの場所を特定してもらうつもりなのだ。
ケイナは8年前、『コリュボス』のアパートにいた。何らかの事情で『ノマド』のコミュニティから出た者が多く住んでいるアパートで、そこでジェ二ファはケイナを可愛がっていたようだが、そもそもそのアパートが存在しているのか、ジェ二ファ自身がそこにいるのかは分からない。
アパートが存在して、もし彼女が今もまだそのアパートにいたとしても、あまりにも遠い地球と『コリュボス』という距離を超えて彼女が夢見の力でコミュニティの場所を見つけ出せるものなのか、カインには疑問だった。
(でも……)
カインは握った手を顎に押し当てた。
自分はケイナの夢の中に入ったことがある。
地球にいて、薬で眠っている間に『コリュボス』にいたケイナの意識の中に入り込んだ。
ケイナはきっとそのことを思い出したのかもしれない。
 クルーレはケイナの行く先を告げる以外多くを語ってくれなかった。
「カート、としてケイナは動いています。申し訳ありません」
彼は苦渋に満ちた表情でそう言って深々と頭を下げた。
「ユージーはなんと言っているんです」
カインが尋ねると、クルーレはさらに沈鬱な表情になった。
「あなたと同じ気持ちです、リィ社長。ひとりでなんとかしようなどと狂気の沙汰だと」
カインはクルーレの顔を見つめて口を引き結んだ。彼を睨みつけそうになって慌てて視線を逸らせた。
クルーレは嘘をついている…… そう思った。
ケイナはもともとユージーの指示でカンパニーに送られてきている。その意味を今まではリィがケイナ自身の体を管理し、彼自身が自分のそばにいてくれるためのものだと思っていた。
でも、違った。
カートは最初から『ノマド』の存在を疑っていた。ケイナの前で『ノマド』は怪しいとキーワードをちらつかせた。名目上、ケイナは自分の護衛をしてくれているような形になっていたが、『ノマド』として生活するアシュアのそばにいることがそもそものケイナの存在の意味だったのだ。
自分で知らないうちに『ノマド』の思惑通りに動いてしまいそうになるのはアシュアだ。
ケイナはきっと顔に出さなくてもアシュアの様子を見ていただろう。
そして何らかの動きが出たとき、『ノマド』にもっとも接近しやすいのはアシュアではない。ケイナだ。現にアシュアはコミュニティから弾き飛ばされている。
この事態をユージーはずっと前に予測していたのだろう。
ケイナなら『ノマド』に乗り込める。リィにいれば、誰の指示がなくてもケイナなら自分で動く。
そう読んでいたはずだ。
そうでしょう、クルーレ?
問いたくなる気持ちをカインは抑えた。面と向かってクルーレが、はいそうです、と言うはずはない。もともとケイナに対してリィは彼の体の管理をする以外に何の権限もないのだ。
彼と自分が友人である、ということ以外は。
今となってはケイナ自身もユージーの意図が全部分かっただろう。その上で彼はみずから動き出した。
(おれはずるいんだよ)
以前、そう言ったユージーの言葉が思い出される。
カインは視線を落として宙を見つめた。
2日前からずっと決心がつきかねていることがある。
いなくなったバッカードは本来消去するはずだった多くの情報を携えて『アライド』に飛び立っているだろう。それはすでにエストランドの手に渡っているかもしれない。このふたりだけは野放しにはできない。ケイナは『ノマド』に行ったあとは、必ずまた『コリュボス』に飛ぶはずだ。
それだけはやはりさせたくない。
カインは束の間ぎゅっと目を閉じると顔をあげた。
ヨクが入ってきたとき、ちょうどカインはクルーレに直接連絡を入れているところだった。
声をかけようとしていたヨクは通信中と知って黙って彼のデスクに近づいてきた。
「どうされましたか」
クルーレはいつもと変わらぬ落ち着いた声で画面の向こうにいた。
「お忙しいところすみません……」
カインはそう言うと、呼吸を整えるように一度大きく息を吐いた。クルーレの表情が少し訝しげになった。
「クルーレ…… カートと契約がしたいと思っています」
カインの言葉にヨクが目を細めた。カートと契約? いったい何の。
「友人として…… ケイナにこれ以上危ない橋を渡らせたくない ……カート社長にお会いできますか」
ヨクが思い当たって目を見開いた。
「カイン!」
ヨクが飛び掛りそうになったのでカインは彼に手を突き出した。口を出すなというカインの鋭い目を見てヨクは顔をこわばらせた。
「契約は不要でしょう」
クルーレは静かに答えた。
「既に発ちました」
カインとヨクは呆然として画面の中のクルーレを見た。
ふたりの顔を見てクルーレはかすかに笑みを浮かべた。
「ご心配なさらずに。まずは交渉です。そちらはこのことは知らなかったことにしてください。サン・バッカードは既にリィに所属しているわけではありません。あなたはリィ・カンパニーとしてできる限りのことはしておられた。エストランドとバッカードの接点を作ったのはカートに責任があります。そう、お考えください」
何も言えなかった。
交渉? そんな生易しいことをするつもりなどないだろう。相手がノーと言えばどうするかは目に見えている。
「近いうちにカート社長よりあなたに面会の申し込みがあると思います」
クルーレの言葉に体中の血管が縮んだような気持ちになった。
「……分かりました」
かろうじてうなずくとクルーレは画面から消えた。見つめるヨクの顔をカインはかすかに震えながら見上げた。
「なんで、こんなことを」
ヨクはカインを非難するような口調で言った。
「きみがひとりで決断するようなことじゃない」
カインはそれには答えずデスクに肘をつくと両手に額を埋めた。
「月で500万。それを50年間…… 半世紀だよ。なおかつ、リィ・カンパニーが存続するまで親族を含めた『身の安全を保証する』、と契約を交わした。それが破られたんだからバッカードにだって覚悟はあったということです。契約書をちゃんと理解していれば分かっていたはずだ」
ヨクは口を引き結んでかすかにかぶりを振った。
「リィもカートも後ろめたいことだらけだ……」
カインは呻くようにつぶやいた。
「背負えるのか……?」
ヨクのかすれた声にカインはかぶりを振った。
「ぼくの度量の問題じゃない ……それしかないと思う」
背負えるかどうかなんて分からないよ。本当はそう言いたかった。
すでに『ホライズン』があるのに。
カインは顔をあげて、ヨクを見上げた。
「準備を…… お願いします。動かせる資金の調整と融資計画書を。カートはたぶん『ゼロ・ダリ』を買収したあと、リィの許容範囲内で売却するはずだ」
ヨクはしばらくカインを見つめたあと、部屋を出て行った。
『ゼロ・ダリ』をカートから切り離す。
それにはリィ・カンパニーが所有し、全権限を持つしかない。
少なくともユージーはそうするのが一番いいと、自分を信頼してくれたのだ。
サン・バッカードとエストランド・カートを闇に葬って。
それに応えるしかない。