12-02 Truth

「バッカードは1時間ほど前に外出したそうだ。時々昼食後に1、2時間ほど町をぶらぶらするらしい。彼の家の前で待っていれば帰ってくる」
プラニカの中でクルーレは言った。
「軍のプラニカは近づけないから2ブロックほど離れた場所に停める」
言葉通りにビルの谷間の目立たない場所にプラニカを停めたクルーレは後部座席から黒いキャップ式の帽子をとりあげた。
「きみはとりあえずこれを被って」
ちらりとクルーレを見たあと、ケイナは渡された帽子を被った。それを見てクルーレはため息をついた。
「帽子を被っても目立つな……」
彼はつぶやいてプラニカから降りた。一緒に降りたケイナを手招きするとクルーレは道路を横切って向かいのビルに入っていった。
「きみは軍人向きではないな。見た目が目立ち過ぎる」
古いビルの奥のエレベーターに向かいながら苦笑まじりにクルーレは言った。
「レジーも別におれを軍人にしたかったわけじゃないと思うよ」
クルーレのあとに続いてエレベーターに乗りながらケイナは言った。
「そんなことはない。司令官はずいぶんきみに期待していたぞ?」
クルーレは言ったがケイナはかすかに笑ってかぶりを振った。
「18歳の期限つきで?」
エレベーターがあがり始め、ふたりとも口をつぐんだ。
「レジーにもう一度会いたかったな……」
ケイナがつぶやいたのでクルーレは少し俯き加減の彼の横顔に目を向けた。
薄暗いエレベーターの中で帽子を被ったケイナの顔は鼻から下しか見えない。
「カート司令官もそうだったと思うよ」
クルーレの言葉にケイナは彼に顔を向けた。
「きみが氷の下に閉じ込められたことを知ったとき、泣いておられた ……病室に行ったとき、声が聞こえた」
ケイナは即座にクルーレから顔を背けた。クルーレはそれきり何も言わなかった。
エレベーターは10階部分で止まり、外に出るとすぐに何もないがらんとした大きな部屋になった。剥げかけた床材にジャンクフードの包み紙がいくつか落ちている。
対面の腰窓に座って外を見ていた若い男がふたりの姿を見つけて立ち上がって敬礼した。軍服を着ているから兵士なのだろう。
「ダフルはどうした?」
クルーレが歩み寄りながら言うと、彼は部屋の向こうを指差した。
「トイレです」
その言葉が終わる前に隅の扉が開いて同じく軍服の若い兵士が出て来た。クルーレの姿を見て慌てて敬礼をした。
「少し片付けろ」
クルーレが床に散らばったジャンクフードの包み紙を見て顔をしかめたので、目の前の男が慌てて拾い集めた。
「誰かと思った…… めずらしいですね、お父さんがここに来るなんて」
トイレから出て来たダフルと呼ばれた男がそう言いながら近づいてきた。途端にクルーレが険しい顔をしたが、彼は笑って頭をかいただけだった。
「できそこないの息子だ」
クルーレはケイナに言った。ケイナはダフルの顔を見た。言われなければクルーレの息子とは思えないほど華奢で優しい面立ちだった。
「できそこない、です」
ダフルは笑ってケイナの顔を見たあと、再びクルーレに顔を向けた。誰? という表情だ。
「ケイナだ。ケイナ・カート」
クルーレが言うと、ダフルともうひとりの兵士が面白いほど背筋を伸ばしてぴしりと敬礼をした。ケイナの名前を知っているというよりはカートの名のほうに反応したようだ。
「おれ、こういうとき返礼するものなの?」
ケイナがささやいたので、クルーレは少し笑った。
「軍人じゃないんだからいいよ」
彼はそう言って窓際に寄った。ケイナも同じように窓から外を見た。
「あそこがバッカードの家だ」
クルーレは対面の2つほど先のビルを指差した。ビルへの出入りがよくわかる。ここはどうもそのためだけの場所のようだ。
「バッカードは外出中だな?」
クルーレが振り向くとダフルがうなずいた。
「そうです。もうそろそろ帰ってくる頃かと」
ダフルは窓に近づいて、クルーレの横から顔を突き出して窓の外を見た。
「週に2回ほどなんですが、どこに行くでもなくぶらぶら歩きまわって帰ってきます。暇つぶしなんでしょう」
「誰がつけている?」
クルーレが尋ねるとダフルは肩をすくめた。
「ノブとヨハンがつけてます。上と下とを交代でやってて。今日はぼくが上の番」
ダフルは指を上下させて言った。クルーレは眉をひそめて息子をちらりと見て、また目を外に向けた。息子だからという理由なのだろうが受け答えにいちいちチェックを入れたくなる自分を抑えているようだ。
「つけてるってことは、軍服以外の着るものがある?」
ケイナはダフルに尋ねた。
「ありますよ。ジャケットとブーツだけですが」
ダフルは答えた。ケイナがクルーレの顔を見ると彼はうなずいた。
「それを貸して欲しい」
ケイナが言うとダフルはうなずいてすぐに灰色のライダース風のジャケットとブーツを持ってきた。ケイナは帽子を取って手早くそれを身につけた。帽子をとって彼の顔が見えたとき、ダフルともうひとりの兵士が少しびっくりしたような顔になった。軍服を着ているのに帽子を取った下から全く軍人らしくない顔が出てくるとは思いもしなかったのだろう。
「ノブとヨハンに連絡しろ。ケイナがバッカードとコンタクトをとる。手を出すなと」
クルーレの言葉にダフルは目を丸くした。
「コンタクトを?」
「姿が見えた。早くしろ」
クルーレの声にケイナは窓の外に目を向けた。
「あの背の低い男がバッカードだ。いいか、くれぐれも姿を見せるだけにしろ。それ以上はだめだ」
クルーレの指す方向を確認すると、ケイナはエレベーターに向かって身を翻した。
「あ、待って」
ダフルが声をあげた。ケイナが振り返ると手元に小さな通信機が放り込まれた。
「マイク、オンにして接触してください。それと、イヤホンは耳の奥に」
ケイナがうなずくと、ダフルはすぐに手元の通信機に目を向けた。バッカードをつけている者に連絡を入れるのだろう。さっきとはうって変わった真剣な表情だった。
ケイナがエレベーターに消えたあと、ダフルはクルーレの顔を見た。
「彼、目立ちすぎますよ。いいんですか」
「バッカードにコンタクトすることに関して言えばそのほうがいいだろう」
クルーレは答えた。
「なぜ、彼がバッカードにコンタクトを?」
「あのバッカードは本人じゃないと言っている」
「まさか」
ダフルは目を細めた。
「あの馬面、どこをどう見たってバッカードでしょう」
「本人じゃないと分かった時点で確保だ。いいな」
クルーレの言葉にダフルはうなずいて、その指示を伝えるために通信機に再び目をやった。