12-01 Truth

 ケイナはエアポートの近くにある緑地帯にプラニカを停めた。
外に出て待っていると5分ほどで軍用のプラニカが接近してくるのが見えた。それは10mほど離れて停まり、クルーレが窮屈そうに降りてきた。
「どうやってわたしのオフィスの直通回線を知り、どうやってプラニカに乗って来たのかは聞かないほうが良さそうだな。ティ・レンのナンバーか?」
クルーレは歩み寄りながらプラニカのナンバープレートをちらりと見てかすかに笑って言った。
「カート社長が呆れていたぞ」
「ことが長引くとリィの信用問題にも関わる」
ケイナは両手を腰のポケットに突っ込むとプラニカに背をもたせかけ、クルーレと目を合わせず言った。
「と、いうことも分かってコンタクトしてきたんだろう、と言っていた」
クルーレはそう答え、同じようにケイナの乗って来たプラニカに身をもたせかけた。ケイナは胡散臭そうにクルーレをちらりと見て、またすぐに目を逸らせた。
「アシュアが『ノマド』の居場所を見失った。彼らが…… どこに移動したか分かる?」
ケイナが尋ねるとクルーレはかぶりを振った。
「移動したことは分かっていたが、どこに行ったかは分からない」
「地球から外に出た?」
「いや、それはないだろう。ここ1ヶ月、それらしき機体は把握されていない。エアポートの爆破事件以来、特に出入りについては監視が厳しくなっている」
クルーレは腕を組むとエアポートを眺めながら少しため息をつき、その目をケイナに向けた。
「リィから『ノマド』に情報が流れたことがあったんじゃないか?」
ケイナは目を細めるとかすかに首をかしげてクルーレを見た。それを、「あった」という表情に捉えたクルーレはやっぱりという顔をした。
「カートからも少し前に情報が『ノマド』に流れた。いや、正しくは流れかけた。情報はたいしたものではないし、カートから『ノマド』への通信回路は封鎖されているから外には出なかった。そっちはたぶんカインかアシュアの端末から出ただろう。つまり、『ノマド』がその情報を欲しがったのではなく、誰かがそれを辿って『ノマド』の居場所を知りたがった、ということだと思う。コミュニティが磁場で保護されていても、突破される可能性を彼らは読んだのかもしれないな。だから移動した」
「アシュアは困惑していた」
「つまり、それだけ切羽詰まっていたということだろうね」
ケイナは眉をひそめた。
「『ノマド』はどう関わってるんだ?」
「さて。どこからどう話せばいいかな……」
クルーレはため息まじりにつぶやくと空を見上げた。
「きみに話すことについてはカート社長に許可はもらってきているが、リィ社長には早急に知らせないほうがいいこともある。そういうことはカートの名を持つ者として伏せておくことができるか?」
ケイナはクルーレから目を逸らせると小さくうなずいた。
「もともとカートの内輪もめにリィが巻き込まれてるんだろ?」
「あながちそうともいえない部分もあるがね」
クルーレはため息まじりに答えた。
「『ノマド』と『A・Jオフィス』は以前から繋がりがあった。たぶんきみが『ノマド』で見ただろう彼らが持つ機器類は『A・Jオフィス』が流しているものだ。トップのクロー・カートは『A・Jオフィス』の3代目だが、創始者はカートの血筋と『ノマド』の女性の間にできた子供だし、クロー・カートの妻も元は『ノマド』の人間だ。副社長のフォル・カートも祖父が『ノマド』の血を引いている。彼らはカートの名前を持ちながら『ノマド』の血も引き継いできたことになる。『ノマド』とカートの接点はもちろん、トイ・チャイルド・プロジェクトだ」
カートと『ノマド』の接点…… ケイナは妙な感覚を覚えてかすかに首をかしげた。
「ケイナ、きみが『ノマド』に預けられることになったきっかけはそれだ」
頭に思い浮かびそうになった言葉をクルーレが先に言った。
「それと、きみを『ノマド』に託したのは、レイスランド・クレイとエリサ・ロランなんだよ」
「えっ……」
ケイナは思わずクルーレの顔を見た。
レイスランド・クレイ、エリサ・ロラン…… クレイ? セレスの両親?
「ユージーはそのことを知っていたのか?」
「最初はもちろん知らない。レジー・カートはゆっくりと代替りをするような時間で亡くなってはいない。カート社長がプロジェクトのことを知ったのも、きみが知ったのと時期的にそう差はないだろう。レイスランド・クレイとエリサ・ロランのことは、わたしとわたしの父とカート司令官だけしか知らないことだった。わたしは知っていることを全てカート社長に伝えているから、きみはカート社長から直接聞くほうがいい。今すぐは無理だろうが、一度はきちんとカート社長と話をする時間を持ちなさい」
クルーレはそう言って少し目を伏せた。ケイナは口を引き結んだ。
クルーレの自分の対する物言いはどうもいつも子供に言い聞かせるような部分がある。
そこでいつも引っかかる。ジュニア・スクール時代に彼は自分の身の回りを管理してくれていたようだが、そのことはどうしても思い出せなかった。
なぜ思い出せないのだろう。思い出してはいけない理由があるのだろうか。
クルーレが再び口を開いたので、ケイナは考えることをやめて彼の話に耳を傾けた。
「『A・Jオフィス』が『ゼロ・ダリ』に内部の人間を送り込んでいたように、『ノマド』のほうでもハルド・クレイがきちんとした治療を受けているのかどうかの監視役を派遣していたようだ。コミュニティは複数あるから、どこの誰かまでは分からないが ……つまり、『ゼロ・ダリ』は『A・Jオフィス』『カート』『ノマド』の三者から監視を受けていたことになる。もちろんそれは、プロジェクトが他に流出しないようにということでもあった。ハルド・クレイときみの治療を行ううえで遺伝子情報というのはどうしても必要になるからだ。ただ…… 『ゼロ・ダリ』が信用おけないということではなかった ……当初はね」
ケイナが彼に目を向けると、クルーレはその顔を見て眉を吊り上げた。
「『ゼロ・ダリ』の医師や研究者たちは優秀だよ。『アライド』の血というのはそういう部分だ。彼らは研究者としての道義はきちんとわきまえていたと思う。問題は途中で『ゼロ・ダリ』の経営者が変わったということだ」
「エストランド・カートは当初からの経営者ではなかったと?」
クルーレはうなずいた。
「きみが『ゼロ・ダリ』に行くことになってからの経営者だ。前の経営者はさすがにもう継続が難しいほどの高齢でね。本人はもう少し頑張るつもりでいたようだが90歳ともなるとさすがに無理だ。エストランド・カートは技術者としてはいまひとつだったが、長く『ゼロ・ダリ』の運営助手を務めていてそれで指名をされたようだ。エストランドへの経営交代は『A・Jオフィス』も『カート』も『ノマド』もよく思っていなかった。ただ、公に口出しができるような立場ではなかった。単にハルドときみを託しているというだけだったからな」
ケイナは『ゼロ・ダリ』にいてもエストランドの顔は見たことがなかった。
ただ、アシュアが彼と対面したあと苦虫を噛み潰したような顔をしていたことが思い出された。アシュアは人に対しての好き嫌いがあまり表に出ない。その彼が表情に出したのだからエストランドはよほど腹に据えかねる対応だったと思える。
「エストランド・カートは前にも言ったが、カートの名を持っていてもカート自体の血筋からはかなり遠い。彼は数代前に遡ってもカートの名を持つ有利さは感じてもカートとしての制約は受けずにきたと思う。こちらとしても彼は受け入れたくないな。人格者としての不審感はともかく、彼の前歴が危うくてね」
「前歴?」
ケイナが目を細めると、クルーレはうなずいた。
「『ホライズン』にいたんだよ。バッカードと同期で。わずか数ヶ月だったがな。サン・バッカードのことは知っているか?」
ケイナがかぶりを振ると、クルーレはうなずいて小さく息を吐いた。
「『グリーン・アイズ』をトウ・リィの指示で観察していた男だ」
かちり、という音すら聞こえるような気がした。
『ゼロ・ダリ』『エストランド・カート』『サン・バッカード』『グリーン・アイズ』……
「なぜ、そのことをカインに言わなかった?」
ケイナが尋ねると、クルーレは肩をすくめた。
「カートの管轄ではない人事の35年間分を遡って調べる必要があったというのは苦しかったな。サン・バッカードが『グリーン・アイズ』の観察をしていた人間というのも、そもそもトウ・リィとカインしか知らないことだ。バッカードもそれ以外のスタッフについても明確な文書はほとんど公にはなっていなかった」
それはカートが当初はリィ自体を、いや、カインを疑っていたということになる。
クルーレは明確には口にしなかったが合法ではない形でリィの人事を調べ上げたのだろう。
リィ内部の誰かに金を掴ませて調べさせたか、スパイでも送り込んだか。
なんにしてもカインに対しての裏切り行為だ。言えるはずがない。
「それでもまだ確証がなくてね」
「エストランドとバッカードは接触していないと?」
ケイナが目を細めると、クルーレはうなずいた。
「カインはプロジェクトの封鎖を宣言したと当時に、その時のスタッフと契約を交わしている。多大な金額を支払う代わりに相当な行動制限を設けたんだ。トウ・リィもその点は了解をしていたと思う。その契約の有効期限はリィに籍があるなしに関わらず終身だよ。スタッフは10名いたようだが、バッカードはプロジェクトの終了と同時に『ホライズン』は辞めた。彼はトウ・リィとあまりうまくいっていなかったようだ。ほかの人間はまだリィに在籍している」
ケイナは考え込むように首をかしげた。
「きみの言いたいことは分かるよ。バッカード自身を締めあげればいいんじゃないかと思っているんだろう?」
クルーレはそう言って少し笑った。
「カートにそれをする権限があれば苦労はしない。ただ、あれからバッカードの家に人を張り込ませてはいる。定期的な連絡をするというリィとの契約も遂行しているようだし、念のため外部との連絡を傍受するようにもしておいたが、コンタクトをとっている形跡もない。リィにも契約さえ破られなければ、それ以上に個人の生活に介入する権限はないだろうな」
「バッカード自身の姿の確認は?」
クルーレはうなずいた。
「もちろんしている。一昨日も彼は家の外に出ている。今はもう引退してリィからの支給金で悠々自適の生活をしているようだがね」
クルーレは息を吐いた。
「かくたる証拠もないのに、リィ社長に報告もできん。ましてやカートの契約で彼を縛りつけているわけではないからな」
「『A・Jオフィス』と『ノマド』は知ってるのか?」
「わざわざ知らせてはいないがこっちで把握していることは向こうも分かっているだろう」
ケイナは目を細めた。
「本当に『A・Jオフィス』にはユージーの復帰を伏せている……?」
「伏せているよ」
クルーレは答えた。
「なぜ…… 今の話だと、彼らに伏せる理由がない」
クルーレはケイナをちらりと見て肩をすくめた。
「ハルド・クレイの治療について一番初めに医療機器を導入することを勧めたのは『ノマド』だからだ」
「どういうこと……」
「つまり、きみの義手、義足、義眼と同じだよ」
まさか。ケイナはクルーレを険しい目で見た。
「嘘ではない」
クルーレはプラニカから体を離すとケイナを見た。
「ハルド・クレイはもともと2年しかもたないと言われていた。だが、当時はまだ研究段階だったが、医療機器を導入すれば…… つまりだめになった部分を人工的なものにすれば、10年に延びる可能性はあった。きみやセレスに会わせてやりたかったんだろう。だが、実際には3年しかもたなかった。カートのほうに彼の死が知らされたのは、すでに遺体がクレイ夫妻に引き渡されたあとだった」
「『ゼロ・ダリ』に潜入していたカートの監視役も知らされなかったと?」
ケイナの言葉にクルーレはうなずいた。
「監視役はどこの者も知らなかった。半日程度の時間差だったがね。突然容態が悪化したという報告が所員にあったそうだ」
ケイナはクルーレから目を逸らせると、口を引き結んで足元を見つめた。
何かが引っかかる。何だろう。
「クレイ夫妻はハルドさんの遺体に対面しているのか?」
目を向けずに言うケイナにクルーレはうなずいた。
「そりゃもちろん。対面できなかったらもっと騒ぎになっているだろう」
ハルド・クレイは埋葬されている。じゃあ、あのハルドさんはいったい誰なんだ。
「『A・Jオフィス』が『ゼロ・ダリ』の買収を持ちかけてきたのはそのあとだ。『ゼロ・ダリ』の技術に興味を持ち、8年も前から情報を入手してきた。『ノマド』はハルドに最新の人工臓器を導入することを勧め、そしてユージー・カートは撃たれた。それがもしかしたらカイン・リィであったかもしれん。この状態で復帰を宣言しカート社長を表に出すことは賢明ではない。むしろ宣言しないほうが自由に動ける。そう判断した。ユージー・カートは復帰不可能かもしれないという可能性をちらつかせることは、ガードをリィ一点に絞ることができるということだ」
「結局誰が何をしてるか分からねぇってことかよ……」
ケイナは吐き出すようにつぶやいた。
でも、なんだろう。いったい何が引っかかる? ケイナは左手を額にあてた。
エストランドとバッカードの接触は見られない。バッカードは地球にいる。ハルドさんは埋葬されている。遺体も確認している。確認しているということは顔を見ているということだろう。顔……
「ナナ……」
ケイナは思わず声を漏らして顔をあげた。クルーレが目を細めた。
ナナは顔を変えていた。あのとき拾ったペンダントにはナナが映った写真が入っていた。いや、ナナではないナナだ。画像はここ10年以内で撮られたものではない古さがあった。だのにそこには今の彼女と同じ顔の女性と、全く見知らぬ顔の女性が映っていた。
ナナの顔はその女性を模したものだ。彼女は思い入れのあるその女性に顔を変えたのだ。
「バッカードじゃない」
ケイナはつぶやいた。クルーレが少し首をかしげた。
「何のことだ?」
「家にいるのは、バッカードじゃない。見た遺体はハルドさんじゃない。顔を変えた別人だ」
ケイナは言った。
「どうしてそんなことが分かる」
クルーレは訝しげにケイナを見た。
「バッカードだと思っている人間がおれの姿を見ればその反応で分かる」
クルーレはまだ理解できないようにケイナを見つめていた。
「あの日…… あの氷の研究所で地震があったとき、カインは『グリーン・アイズ』の頭にずっと声をかけていた。あそこの研究所にはカメラがあった。遠隔でカインはおれたちの姿を見ていたはずだ。そこにバッカードがいた可能性は高い。おれの姿を知らないはずはない」
「しかし、それはきみの憶測でしかないだろう」
クルーレは首を振った。
「きみがバッカードのことを知らなかったように、彼もきみのことは知らない可能性がないわけじゃない。本人だったら間違いでしたとは逃げられん」
「会う。バッカードに。おれの存在自体を知らなかったはずはない。トウ・リィの指示下にいたんならなおさらだ。あそこのカメラで見ていなくったって、絶対どこかでおれの姿は見てる。映像でもなんでも確認はできる。現に、正体不明のおれにそっくりなやつが存在してるじゃねぇか」
ケイナのきっぱりとした口調にクルーレは眉をひそめた。
「そんな無謀なことに許可はできん」
「おれがただ彼の家に行って、彼を呼び出して、彼の前に立つだけでも越権行為になる?」
ケイナは絶対に引こうとはしない。クルーレは彼から目を逸らせるとため息をついて考え込んだ。
「2時か…… ちょっと待っていなさい」
腕の時計をちらりと見てそう言うと、クルーレは自分のプラニカに戻っていった。しばらくして彼は外に出てケイナを手招きした。
「ケイナ、こっちで行くぞ。そっちのプラニカはあとで誰かに届けさせる」
ケイナはプラニカから身を離すとクルーレのほうに足を踏み出した。