11-04 Remember your hand

 ビルの外は夜が更けているにもかかわらずまだ行きかう人は多かった。
ケイナは立ち並ぶビルを見上げた。ずっと上のほうまで明かりのついている窓がある。
いったいどこから撃ったんだろう。
視線を巡らせながらケイナは道路を横切った。
あいつは絶対いる。おれを呼び出している。その確信はあった。
いくつかのビルの前を通り過ぎた。
「埒あかねぇ……」
ケイナはエアバイクに乗って飛び立とうとしている少年を見つけてその肩を掴んだ。
「なにすんだよ!」
振り返るなり怒鳴る少年を義手の右腕で引きずり降ろし、バイクに飛び乗った。
「ごめん、あとで返す」
罵倒する声はあっという間に後方に消えた。
エアバイクはオフィスのある高さまではあがらない。見ているだけでは何もなかったようないつもの夜の街だった。
顔を巡らせてケイナは一点に目を凝らした。ちかちかと光が点滅している。
「エアポート……」
ケイナはつぶやいた。点滅する光の中にひとつだけ違う点滅をしている光があった。
「自己主張しやがって……」
口をゆがめてつぶやくと、ケイナはエアバイクをそちらに向けた。
エアポートが見えた、と思った途端、閃光が走ってバイクがぐらりとかしいだ。
墜落は免れたが身を翻した途端、ぼん、という音をたててバイクが黒煙を吐き出した。
「借り物だぞ」
ケイナは銃を引き抜いた。
「そう?」
相手のその言葉が終わる前にケイナは撃っていた。狙うヒマを与えるわけにはいかない。
ひとしきり撃ったあと、ケイナは左手でノマドの剣を引き抜いた。がきりという音がして相手の顔が自分の前に来た。
「やっぱり義手かよ」
剣を右腕で受けた相手にケイナは言った。
「ふふっ……」
自分の顔をした相手が笑みを漏らした。
「どっちの『覚える』のが早いかだな」
ケイナは力を込めたが、あっという間に弾き返されて身を伏せた。頭の上を光が飛んでいった
すぐに起き上がって距離を置こうとする相手の近くに再び走り込んだ。
距離をおくこと、狙う時間を与えることが命取りだった。
何度も同じことを繰り返してケイナは歯を食いしばった。
動いても動いても相手が少しも消耗しない。それなのにこちらはどんどん疲れてくる。
義手である右腕と義足である左足は動くが、ほかの部分がついていかない。
ケイナはノマドの剣を右手に持ち替えた。コントロールは悪くなるが力は左腕以上出るはずだ。
呼吸が荒くなっていた。
(こいつ、生身じゃない……)
そう思った途端硬い手で首を掴まれ、草の茂る斜面に仰向けに倒れ込んだ。
「そんなに接近戦がしたいのか?」
相手の背後でエアポートの光が点滅していた。彼はケイナに顔を近づけた。
「首を握りつぶされるほうが、そんなにいいのか?」
息が詰まる。乱れていた呼吸がさらに苦しくなる。逃れたくてもがっちりと掴まれて動かなかった。
「いい加減、諦めたら?」
そう言って相手が顔を遠ざけたとき、ケイナは夢中でノマドの剣を振り下ろしていた。ふっと体が軽くなった。
(切れた……)
剣を右手に持ち替えていたのが幸いしたのか。
転がった腕を視界の隅に捉えながらケイナは体を起こした。
早く動かないと。そう思うのに、詰まった息を整えることができない。息を吸おうとすると胸に痛みが走った。
狙われる。まだ片腕が残ってる。じっとしていると狙われる。目が見えない……
いや、見える。
義眼は相手の姿を捉えていた。再び自分に掴みかかろうとする相手に向かってケイナは必死になってノマドの剣を振り下ろした。切っ先が相手の頬をかすって赤い筋を残した。
「血?」
ケイナは目を見開いた。顔は作り物じゃない?
「だったら…… 話は早い」
ケイナは歯を食いしばって立ち上がると、剣を左手に握りなおして相手の懐に飛び込んだ。
「首ごとぶった切ってやる!」
剣を振りおろしたとき、相手の残った腕で切っ先を受けられた。
チッと小さな音がして何かが飛んでいった。
相手が銃で狙おうとする前にケイナは再び飛びかかっていた。今度は相手もバランスを崩した。
起き上がる前にケイナは相手に馬乗りになり右腕で相手の頭を押さえ込んで剣を振り上げた。それを振り下ろそうとしたとき、手が止まった。
相手の顔の近くに光るものが落ちていた。見覚えのあるその形にケイナは呆然とした。
「ケイナ」
相手が言った。ケイナはその声をやっと思い出した。
「躊躇するな」
息が荒れた。
『ノマド』の思惑、思い出せなかった声、セレスの記憶、自分と同じ顔……
頭の中でぐるぐると詰め込まれた情報が渦を巻く。
相手が自分の額に銃を突きつけても、ケイナは動くことができなかった。
「ケイナ!」
アシュアの声にはっとして身を翻した途端、相手が起き上がる気配を感じた。
アシュアの撃つ銃の光が自分の前を何本も通り過ぎていった。
「ケイナ! 大丈夫か!」
アシュアが走り寄ってきたが、ケイナは立ち上がることができなかった。
震える手でエアポートの光を反射して光る『それ』を拾った。
銀色のプレートがついたブレスレット。
セレスと同じ形のブレスレット……
『兄さんとひとつずつ形見でもらったんだ』
昔聞いたセレスの言葉が蘇る。
ケイナはうめき声をあげて、ブレスレットを掴んだままひれ伏すように突っ伏した。
うめき声はやがて咆哮に変わった。
うずくまったまま何度も何度も叫び声をあげるケイナを、アシュアは呆然として見つめていた。

 手に乗せていた顎がかくんと滑り落ちて、カインははっとして目を開けた。
いつの間にかうとうとしていたらしい。
連絡を受けたクルーレがやってきて警護を強化するから休めと言われたが、ケイナのことが気になって横になることができなかった。
それでもティだけは部屋に返した。ヨクは何度言っても一緒にいると言って聞かなかった。
しかしその彼もしばらくすると腕を組んで座ったまま、顎が胸につきそうなくらいがっくりと首を前に倒して眠り込んでしまった。
昨晩もほとんど眠っていないような状態だったからかなり疲れていたのだろう。
かすかにいびきの音が聞こえる。カインは立ち上がってケイナのベッドから毛布を持ってきて彼にかけてやった。
時計を見ると午前4時だった。ケイナが出て行ってから4時間近くにもなる。
いったいどうしたのだろう。
クルーレがエアポート付近で銃を使った痕跡があると言っていた。しかし警備の人間が行くとそこには誰もいなかったらしい。
小さなデスクに向かい、モニターを開いた。何か連絡があればこっちに転送されるはずだ。その処理だけは行えた。コンピューター自体に損傷はなかったから、必ずこっちに連絡が来る。
「ケイナ……」
カインはモニターの前でつぶやいた。
行かせるんじゃなかった。彼にもしものことがあったらどうすればいいだろう。
手に額を埋めたとき、いきなり通信音が鳴ってカインは弾かれたようにモニターにしがみついた。
「ケイナ!」
しかし、予想に反して画面に映ったのはアシュアだった。
「アシュア……」
「連絡が遅くなってすまん…… ケイナは…… 一緒にいる」
「一緒に?」
なぜケイナがアシュアと? カインは目を細めた。
「ケイナがおれのことを呼んだんだ」
アシュアは答えた。
「それでケイナは?」
そう尋ねると、アシュアはちらりと視線をそらせ、再びこちらを向いた。
「大丈夫」
アシュアの口調が固い。それでもカインはほっと息を吐いた。
少しためらったあと口を開いた。
「アシュア、『ノマド』は…… どうだったんだ」
それを聞いてアシュアは目を伏せた。
「なかったんだ」
「え?」
「コミュニティがなかったんだ。移動したみたいで……」
「移動……?」
移動って、どういうことだ。カインは呆然としてアシュアの顔を見つめた。
「コミュニティには行ったんだけど、もぬけの殻だったんだ。すまん ……おれたち、帰れなくなった」
カインは言葉を失った。
『ノマド』が移動した? アシュアとリアを残して? そんなばかな。
立て続けに起こる事態に頭が混乱しそうになった。
「ダイと…… ブランは?」
声を振り絞るようにして尋ねると、アシュアはかぶりを振った。
「分からない。連れて行ったんだと思う」
アシュアの表情は沈鬱だった。
「おれ…… 何をどう説明していいか分からねぇんだ。リアとだいぶん話をしたんだけど、あいつ、カインのところには帰れないの一点張りで……」
リアはコミュニティが移動してしまったことが今回の情報流出事件の犯人だと『ノマド』自身で言ってしまっているのと同じだと考えたのだろう。
『ノマド』だったからといって、それがイコール、リアではない。カインはそう思ったが、『ノマド』で生まれ育った彼女にとっては耐え難い苦痛であるに違いない。
「リアはどうしてるの?」
「今、ケイナについてる」
アシュアは口をへの字にゆがめて答えた。カインは目を細めた。
「どういうこと…… ケイナは怪我でもしたのか?」
アシュアは首を振った。
「そうじゃない。しばらく興奮状態で手がつけられなかったんだ。今やっと少し落ち着いて…… でもまともにしゃべってくれねぇんだ」
カインは視線を泳がせた。
「今、どこにいるんだ」
「エアポートから15分ほど離れた公園かな…… とにかく静かな場所がいいと思って……」
「戻ってこれるか?」
アシュアの顔を覗きこむようにして言うと、彼は再び顔を巡らせた。
「もうちょっと落ち着かないとだめなんじゃないかな……」
カインはしばらく考え込んだ。
「ぼくがそっちに行くよ」
それしかないだろう。しかしアシュアは表情を険しくした。
「おまえ、出ないほうがいいんじゃないか」
カインは首を振った。
「クルーレが来てる。誰か護衛を連れて一緒に行くよ」
アシュアは心配そうな顔をしたが、やがてうなずいた。
「ん、じゃあ、待ってる」
アシュアが消えたので、カインは立ち上がった。ヨクは全く起きる様子がない。起こそうか起こすまいか迷ったが、結局カインはそのままそっと部屋を出た。
クルーレの姿を探すと、彼はフロアの端で兵士の一人に何か指示を出していた。
カインの姿に気づいて厳しい表情のままこちらを向いた。
「どうかされましたか?」
「ケイナの居場所が分かった。迎えに行きたいんです」
クルーレはうなずいた。
「わたしが一緒に行きましょう」
カインは兵士から軍用の大きな銃を受け取って先に立って歩き出すクルーレのあとに続いた。