09-07 凍る青

 カインとクルーレの会話を聞きながらアシュアは首をかしげた。
クルーレは何か疑っているのだろうか。
ブレスレットとネックレス…… ブレスレット…… この話最近どこかでしたような気がする……
そしてはっとした。
「待って、それさ…… クレイ指揮官のブレスレットじゃねえ?」
アシュアの言葉に全員が彼の顔を見た。
「クレイ指揮官のブレスレット?」
カインがつぶやくとアシュアはこくこくとうなずいた。
「『アライド』でクレイさんに会うんだって言ったろ? あのとき、奥さんが言ったんだ。クレイ指揮官に渡したはずの形見のブレスレットがないから探してくれって、おれ、頼まれたんだよ」
クルーレがカインの顔を見たので、カインはかぶりを振った。
「でも、さっきも言ったようにダウンロード先には何も情報がない」
「クレイ指揮官のブレスレットは指揮官がアライドに行ったときにはすでに見当たらなかったみたいだぞ?」
アシュアの言葉にカインは困惑した。
「ぼくはクレイ指揮官がブレスレットを持っていたという情報も持っていなかった。クレイ指揮官をアライドに亡命させたのはカートだったでしょう。そっちでは情報を持っていなかったんですか?」
カインの言葉にクルーレはかぶりを振った。
「持っていません。それに、亡命させる前に彼に親権放棄の承諾書を書かせたのはトウ・リィです」
クルーレを見たままカインはソファにもたれこんで首を振った。
「レジー・カートは既に故人。トウは行方不明…… これじゃあ……」
「クルーレ」
ケイナがふいに口を開いた。全員がケイナに目を向けた。
「回りくどい言い方するなよ。あんたほかに情報を持ってるんじゃないの?」
射抜くようなケイナの視線にクルーレは眉を吊り上げた。
「それとも、カインにカマかけてリィを陥れようとでも?」
ケイナは壁から背を離すとクルーレに歩み寄り、彼を見上げた。ケイナからするとクルーレはかなりの大男だ。
「トイ・チャイルドの資料が流出しても元の媒体はあの氷の下でおれは全部壊してきたし、おれやセレスが生まれて来るまでに何十年もかかってるんだ。グリーン・アイズもいない」
クルーレは黙ってケイナを見下ろしていた。
「プロジェクトを再開させるつもりなら、おれとセレスを手に入れているやつが一番有利ってことになる」
ケイナは言った。それでもクルーレは黙っていた。
「カートはグルなんじゃないの」
「ケイナ」
カインが思わず口を挟んだ。
「ユージーがきみをここに連れて来るように命令したんだぞ」
ケイナはカインの顔を見たあと視線をクルーレに戻した。クルーレはケイナの顔を見てかすかな笑みを浮かべた。
なぜ笑う? ケイナは目を細めた。
「ユージーが『A・Jオフィス』にケイナの治療情報の破棄を求めたのは、ケイナの遺伝子情報も一緒に出てしまうことを恐れたからですか?」
カインが尋ねると、クルーレはうなずいた。
「ええ。そうです」
「じゃあ、カート社長とカインを襲ったのは誰なんだ?」
そう言ったのはヨクだ。
「カインは両方で同じ男を目撃しているんだ。『ゼロ・ダリ』なのか?」
クルーレは首を振った。
「ケイナが言ったとおり、トイ・チャイルド・プロジェクトはデータだけがあっても再開できるものではない。『ゼロ・ダリ』にも『A・Jオフィス』にもそこまでの経済的体力はないでしょう。もちろん地球のカートにもない」
じゃあ、リィは?
カインは視線を泳がせた。
クルーレはそう聞きたいのか? ケイナの言うように何かを探ろうとしている?
でも、そう思っているならケイナをこっちに寄越すはずはないだろう。
「あなたを襲ったやつがケイナの言うように本当に作られた腕の持ち主ならば、『ゼロ・ダリ』は限りなく黒に近い灰色だ。現に『ゼロ・ダリ』でケイナは義手をつけられているのだから。だが、わたしはエイドリアス・カートはひとりで大きなことができるような度量の持ち主ではないと思っています。つまり、『ゼロ・ダリ』と組んでいる何者かがあるということになります」
「その組んでいる相手が『A・Jオフィス』である可能性もあるということですか?」
カインは尋ねたが、クルーレは肩をすくめた。
「今のところその可能性は低いでしょうが、全くの白、とも言えません」
彼はそう答えると目の前に立つケイナの顔を見た。
アシュアは記憶の中のエイドリアス・カートの顔を思い出した。確かに狡猾そうだが、策士な感じはしなかった。ケイナへの対応も彼を利用するというよりは親が子を諭すような雰囲気だった。危険を感じれば自分だってもっと警戒心を持ったはずなのだ。
「きみは、あの短い時間によく相手のことを分析していたね。たいしたものだ」
クルーレがケイナに言った。彼の物言いもどこか親が子にかける雰囲気に似ている。どうしてだろう……
「それはどうも」
しかしケイナは素っ気ない。かけられた言葉そのまま警戒心丸出しでしか捉えられないのはケイナのほうだ。
「でも、あんたは絶対ほかに何か知ってるはずだ」
クルーレはそれを聞いても無表情だった。
「本当のことを言わないあんたは好きになれない」
ケイナはそう言い捨てるとクルーレの脇をすり抜けて部屋を出ていってしまった。
「ケイナは変わってないな……」
カインがため息まじりにぽつりとつぶやいた。
「とにかく、身を守る対策をたてたほうがいい。今は関わる全員が狙われる可能性があります。プロジェクトの再開を望まない者はきっと相手にとっては邪魔な存在だ」
クルーレの言葉にカインは目を伏せて小さくうなずいた。