09-06 凍る青

 大慌てで駆けつけたヨクに連れられてビル内の病院で手当をしたあと、オフィスに戻ったカインはドアのところで思わず立ちすくんだ。
ずらりと並んだ顔。
ケイナ、アシュア、リア、ブラン、ティ、そしてアンリ・クルーレ。
どうしてクルーレまでがここにいるのだろう。
しばらくして、ケイナとアシュアを迎えに行ったのがクルーレ自身だったのだと思い当たった。
「ご無事でなによりです」
ヨクに手を貸してもらいながらソファに腰をおろすカインにクルーレは言った。
「あなたがわざわざケイナとアシュアを?」
カインが尋ねるとクルーレはうなずいた。
「カート社長の命令ですから」
「カート社長は意識を回復したのか?」
ヨクがびっくりしてクルーレを見た。クルーレはヨクの顔に目を向け、それから呆然としているカインに再び視線を戻した。
「リィ社長、黙っていて申し訳ありませんでした。ユージー・カートはもうだいぶん前に復帰しています」
「……いつ?」
「意識を回復したのは、撃たれて1週間後です。左目の視力が若干落ちたのと、まだ歩行に難がありますが、1ヶ月ほどで復帰されました」
ユージーが復帰した……。
カインはほっと息を吐いた。
「良かった……」
「あなたのそういうところにカート社長も惚れこんでいるんでしょうね」
怪訝そうに自分を見るカインに、クルーレは幽かに笑みを浮かべた。
「カート社長はよくあなたの話をします。普通なら、まず真っ先になぜ黙っていたと怒ってもおかしくない」
「おれは腑に落ちてないよ」
ヨクは不機嫌そうに口を挟んだ。
「どうして今まで知らせてくれなかったんです?」
クルーレは彼に視線を移した。
「復帰を対外的に口にしたのは、ここが初めてです。今はまだ『A・Jオフィス』も、『ゼロ・ダリ』も、もちろん世間も知らない」
「どうして『A・Jオフィス』にまで……」
ヨクはつぶやいたが、クルーレはそれには答えず、カインに視線を戻した。
「あなたを襲った男、あなたはどうご覧になりますか?」
「どうって……」
クルーレの言葉にカインは視線を泳がせ、自分の両手に巻かれた包帯に目を向けた。
両方の手の甲に長さ10センチほどの焼け跡、右足にも肩にも同じような跡があった。
皮膚をえぐりとられたような傷だったが、薬を塗れば1ヶ月程度で完治する。キイボードを打つときに多少支障があるだろうが、化膿止めと痛み止めを服用しながらだと、日常生活は何とかこなせるだろう。とはいえ、同じような傷を体中につけまくられていることが苛立たしかった。
「……こっちに決して近づいて来ない。ぼくの狙える距離を知っているみたいだった。そのくせ向こうは遠くからピンポイントで狙ってくる ……楽しそうに笑っていた。ケイナと同じ顔で。自分のこともケイナだと言っていた」
クルーレには目を向けずにカインがそう答えると、それを聞いたティが身を震わせたので、リアが彼女の肩を抱いてやった。
「同じ顔で…… ね」
クルーレがちらりとケイナを振り返ると、ケイナは不機嫌そうにかすかに顔をしかめた。
「腕はたいしたことねぇよ」
ケイナはつぶやいた。カインが目を向けると、彼は壁に背をもたせかけ、両手をポケットに突っ込んで仏頂面で床を睨みつけていた。
ケイナの姿をじっくり見るのはこれが初めてかもしれない。
痩せて髪が短くなっているが、7年前の彼とあまり変わらないように見えた。むしろ、痩せた分だけ前より顔つきが精悍な感じになったかもしれない。
義手義足という手足も服で覆われているとはいえ、言われても疑問を感じるほど全くそれと分からない。
そう…… あいつの髪は長かった。今のこのケイナではない。
7年前のあのときのケイナの姿だった。
「あれはたぶん銃の性能だ。銃だけでなけりゃ、腕が覚えていくのかもしれない……」
ケイナは視線を床に向けたまま言った。
「腕が覚える?」
カインは目を細めた。ケイナは肩をすくめてカインをちらりと見た。
「おれと同じ、つくりものの腕だってこと」
「義手? まさか。」
思わずそうつぶやいたが、根拠があったわけではない。
「狙う時間を与えなければ意味ねぇよ。でなきゃ、超接近戦 ……たいしたことない」
カインは彼から目を逸らせて息を吐いた。だからケイナはあのときひたすら銃を撃ちまくっていたのだろうか。
たいしたことはない、というのはケイナだから言える言葉なのかもしれない。
「結局、その男はどうしたんだ?」
「おれが追った」
ヨクの問いにアシュアが口を挟んだ。
「だいぶん警備を配置していたけど、あっという間に消えちまった。逃げ足も人並みじゃねえよ」
ヨクはそれを聞くと、クルーレをちらりと見て不機嫌そうに黙り込んだ。
あんたの部下は今ひとつ使い物にならないんじゃないの? と言いたそうな表情だったが、さすがに口に出すのはためらわれたようだ。
「あなたは何か心当たりがあるんですか?」
カインはクルーレを見上げて尋ねたが、彼は小さくかぶりを振った。
「正体は掴めていません」
ケイナが彼の言葉に反応してちらりと視線を向けた。
「ケイナとアシュアは『A・Jオフィス』の人間に手引きされて『ゼロ・ダリ』を出ています」
クルーレは言った。
「その者は出る前にケイナの治療に関するデータを『A・Jオフィス』に送り、なおかつ『ゼロ・ダリ』からは全て消去しています」
クルーレの言葉にアシュアはナナと話したときのことを思い出した。
『わたし、『ゼロ・ダリ』を出る前に『A・Jオフィス』にごっそり情報流してきた』
ナナは確かそう言っていた。
「データを流したのは、そのときだけではありません。数年前から少しずつ『A・Jオフィス』にデータを流出させています。ケイナが『ゼロ・ダリ』に行く前から。その話は長く我々には伏せられていた。カート社長は数ヶ月前から『A・Jオフィス』にデータの破棄を要求してきました。撃たれたのはその矢先です」
「それが何か因果関係があると?」
カインはクルーレの顔を見上げてかすかに首をかしげた。
「狙う目的がはっきりしないんだけど……。情報流出を阻止したくて『ゼロ・ダリ』が差し向けたのなら相手は『A・Jオフィス』のはずだ。データ破棄を疎んじむならぼくが狙われる筋合いはない。そちらの買収問題にもリィは加担していない」
カインの言葉にクルーレはうなずいた。
「そうです。目的がはっきりしない。狙っているやつもはっきりしない。ただ我々とリィの共通点がひとつだけあります」
カインはそれを聞いて目を細めた。
「……トイ・チャイルド・プロジェクト? データ破棄要求に、リィも加担していると思われた……?」
カインがつぶやくと、ヨクが身を前に乗り出した。
「トイ・チャイルド・プロジェクトはもう終わったプロジェクトだ!」
彼は憤慨したように言った。
「情報も何も残っていないんだぞ?」
「残っています」
クルーレは答えた。カインはクルーレを鋭い目で見た。
「ケイナとセレス……?」
「そう、それと、ブレスレットとネックレス」
「でも、もうダウンロード先には何も情報がない。アクセスもできないはすだ」
カインは眉をひそめた。鍵だけを持っていても、開ける部屋がなければ意味がない。
「ケイナとセレスのもの以外に何か情報収集方法があったかもしれません。あるいは持ち出されたか」
「それはない」
カインは言った。
「プロジェクトの終了と同時に全てのデータは厳重な管理のもので破棄されました。ぼくが最後まで見届けています」
そこで束の間、言葉を切った。
「……もっとも…… 人の頭の中までは消去できないけれど」
実際、カイン自身は覚えている。しかし、それは今後の管理のために頭に叩き込んだものだ。