09-02 凍る青

 しばらくしてリアが現れた。
「熱を出したって?」
リアは言った。
「朝、ぼくが目を覚ましたときは気づかなかったんだけど……」
「でも、しゃべるでしょ?」
「そりゃ、まあ……」
しゃべることができないような高熱だったら、こんな悠長なことはしていられない。
「心配ないよ」
リアはこともなげに笑って言った。
「一日くらいで元に戻るから」
「どうしてそんなことが分かるの?」
カインは訝しげにリアを見た。リアは肩をすくめた。
「昨日、一緒に寝ちゃったんでしょ? ブランはあなたの不安や疲れを自分に吸い込んだんだわ」
また、『ノマド』の不思議な話。カインは戸惑った。
「一緒に泊まるって言ったから、そういうつもりなのかなっていうのはちょっぴり思ってた…… トリも小さいときはこういうこと、よくあったのよ。熱出したり、ずーっと寝てたり。ブランはだいたい悪夢は食べないタイプなの。悪夢は食べるとしんどいからね。だからめずらしいけど」
カインは何をどう答えればいいのかわからなかった。リアは彼を安心させるように笑顔を見せた。
「ごめんね、朝、迎えに行ってたら様子がわかって先に伝えられたんだけど、ヨクが寝かせておいてと言うからそのままこっちに来ちゃって…… 今はたぶんブランからコミュニティの夢見たちに流れていってる最中だと思う。流れきったら夢見たちが引き受けてくれるから心配ないわ。戻ったらすぐ引き取りに行くから悪いけど寝かせておいてくれる? 水をたくさん用意してやったら自分で勝手に飲むから。わがまま言いたい放題かもしれないけど、ほっといていいわ。夢見たちがちゃんと守ってくれるから大丈夫よ」
本当にそれでいいんだろうか。カインは半信半疑だった。
「それより、セレスがすごいの。あれからたくさん話したのよ」
リアは興奮気味に言った。ドアーズの興奮が移ったような感じだ。いや、リアが興奮したからドアーズが興奮したのかもしれない。
「でも、あたしのことは覚えてないみたいだった。まあ、あんまりあたしからはいろいろ話してないけど。そうしないほうがいいってドアーズさんが言うから……」
まくしたてるリアを見つめながらカインは困惑したような顔でうなずいていた。
「まだ歩けないけど、車椅子がある。呼んで来ようか。カインの顔を見たらまた変化があるかもしれないよ?」
「いや、でも……」
カインが答える前にリアは立ち上がっていた。
一瞬、セレスの顔を見るのが怖いと思った。
このまま通信を切ってしまいたい…… そう思った。
しばらくしてセレスが画面に映った。リアがセレスの肩越しに顔を覗かせている。
「セレス、カインよ。分かる?」
戸惑い気味に画面に目を向けるセレスを見て、カインはぞっとした。
記憶が蘇る。
画面の向こうで会話した少女。あのとき、マイク越しに必死になって語りかけた少女。
『グリーン・アイズ・ケイナ』
長い髪も、抜けるような白い肌も、大きな緑の瞳も、瓜二つだった。
「カイン……?」
セレスは瞬きを繰り返しながらカインの顔を見た。
「セレス……」
何を言えばいいのか分からなかった。気を許すと『ケイナ』と呼んでしまいそうだ。
セレスの手がついと伸びてきた。彼女はモニターの中のカインの顔に触れようとしているようだった。
「セレス、ここじゃ、カインには手は届かないわよ」
リアが言うと、セレスは慌てて手を引っ込めた。
「そう…… そうか。そうだよね」
その物言いは以前のセレスの感じだ。恥ずかしそうにリアを振り返って、潤んだ大きな緑色の目が再びこちらを向いた。
「また、カインには会えるよ。カインに会いたいでしょ?」
リアが言うと、セレスはカインの顔の造作をひとつひとつ探るように眺めた。
「どこで…… 会ったの?」
セレスはつぶやいた。
「あなたの声…… どこで…… 聞いたの?」
カインは思わずセレスから目をそらせていた。
「疲れちゃうから、このくらいでってドアーズさんが言ってる」
リアが後ろを振り向いて再びこちらを向いた。
「ごめんね、カイン。戻ったらすぐ行くから」
カインは何も言えずにただうなずいていた。セレスが画面から消えたあともカインはモニターの前から動くことができなかった。
『グリーン・アイズ・ケイナ』は最期までカインには会わなかった。ただカインと彼女は声だけで会話をした。
自分の声に反応し、繋いだ手を見つめ、目や鼻をひとつひとつ確かめるように見ていたセレス。
『グリーン・アイズ・ケイナ』とセレスの記憶がすりかわっていたとしたら?
「そんなばかな……」
カインはつぶやいたが、完全に否定できない自分がいることも感じていた。