08-04 ブラン

 夕方、カインがヨクと仕事の打ち合わせをしていると、リアは来たときと同じように騒々しくオフィスに入ってきた。
「カイン、ねえ、見て! どうかしら!」
リアは入るなりカインの前でくるりと回ってみせた。
カーキ色のショートジャケットに白いセーター、黒いパンツ、黒いブーツ、確かに彼女の雰囲気には合っていたが、普段見慣れない女性の格好にヨクが目を丸くした。
ブランはリアのミニチュアだ。色こそ違うが似たような格好をしている。
ティがドアのところで笑みを浮かべながらふたりを見ていた。
「お母さん、お仕事中みたいよ」
ブランが言ったので、リアははっとして顔を赤らめた。
「ごめんなさい、つい……」
「ヨク、アシュアの奥さんのリアと娘のブラン」
カインは手元に散らばっていた書類をまとめると、ヨクにふたりを紹介した。
「へえ……」
ヨクは立ち上がると、リアをまじまじと見た。
「アシュアはこんな美人の奥さんがいたのか」
「リア、社長室のヨク・ツカヤだ」
カインはリアに言った。
「初めまして、ツカヤさん」
そう言って顔を近づけかけて、リアは動きを止めてカインに顔を向けた。
「『ノマド』のご挨拶をしても…… いいの?」
カインがくすりと笑って顔を背けたので、それを了承と思ったリアはヨクの口の端にキスをした。たちまちヨクは顔を真っ赤にした。
「『ノマド』の挨拶?」
ヨクはカインを睨んだ。カインは肩をすくめてみせた。
「あの、ツカヤさんっていうのはやめて。髪が逆立ちそうだ。ヨクでいいから」
赤い顔のままでしどろもどろになったヨクに、リアは笑ってうなずいた。
「彼女を連れて『ホライズン』に行ってくる」
カインが言うと、ヨクはさっと顔を険しくした。
「誰か護衛を……」
「大丈夫」
カインは遮った。
「彼女、アシュアと同じくらいの動きができる」
ヨクが疑わしげにリアを見た。
「大丈夫だよ」
カインはそう言いながらも、銃を上着の内側に入れた。
「ブランも連れて行っていい?」
リアが尋ねると、カインは一瞬ためらったのち、うなずいた。
「いいよ」
3人が並んで歩いて行く後ろ姿をヨクとティは見送った。
ブランが母親の手ではなく、カインと手を繋ごうと彼の手をとった。カインがそれを何のためらいもなく握り返したので、ヨクとティは顔を見合わせた。
「あいつは、おれたちの知らない面をまだ持ってるんだな……」
ヨクはつぶやいた。
「リアさんって、すごくいい人よ。あの人と一緒にいると、とてもリラックスするの。初めて会う人なのに、不思議だわ」
ティは言った。
「カインさんの顔も穏やかだったわね」
「ん…… そうかな。」
ヨクは答えて、リアにキスされた口の端に手をやると幽かに笑った。

 カインはリアとブランをプラニカに乗せて『ホライズン』に向かった。
ブランはめずらしそうに外の景色を眺めている。
「ティって、優しくていい人よねぇ。あたし、好きになっちゃった」
リアの言葉にカインは笑った。
「彼女も喜ぶよ」
ブランは窓から目を離すと、後ろの座席から身を乗り出してきてカインの横顔に自分の顔を近づけた。
「ねえ、カインさんって、あのお姉さんが好きなのよね?」
「え?」
カインはちらりとブランを見て、再び前に目を向けた。
「そりゃ好きだよ。一緒に仕事してるんだし」
「あたしを子供だと思って、いい加減なことを言うと承知しないわよ」
ブランは顔をしかめて座席にひっこんだ。カインはかすかに肩をすくめた。
「一緒に守るんだから、いろいろ教えておいてよね」
ブランは言った。
「何の話?」
リアが怪訝そうにふたりを交互に見た。
「あたしにはあたしの役目があるってこと」
ブランはつんとして答えた。
「リア、ダイは『ノマド』に置いてきて良かったの?」
カインが尋ねると、リアではなくブランが答えた。
「そのほうがいいの。ダイはあっちで夢見たちと手を繋いでくれるから」
カインはブランの返事を聞いてあいまいにうなずいた。
この子はいったい何をしようとしているんだろう?
カインには分からなかった。
 『ホライズン』に着いて病室に入ったとき、前より部屋は明るくなっていたが、セレスは相変わらずベッドの背を起こしてもらってぼんやりと宙を見つめていた。
離れた計器類の前に2人の医師がいて、カインたちの姿を見て会釈をした。
ドアーズはいないようだ。
「セレス!」
リアがセレスの姿を見るなり駆け寄った。彼女の声にセレスはゆっくりとリアに目を向けた。
「セレス、リアよ、分かる?」
セレスの顔を覗きこみながらリアは言ったが、セレスの表情には変化がない。目も本当に彼女の姿を捉えているのかどうか分からない感じだ。
ブランが近づいてじっとセレスを見つめた。
彼女はその目をセレスの手に移動させると、腕を伸ばして小さな手で握った。ブランの手が触れたとたん、セレスはリアから目を離してゆっくりと自分の手に視線を移した。
「ねえ」
ブランはカインを振り返った。
「カインさんを呼んでるよ?」
リアが場所を移動したので、カインはベッド脇に近づいた。しかしセレスはじっとブランと繋いだ自分の手を見つめたままだ。
「手、握ってあげてよ」
ブランはそう言うと、自分の手を離した。カインはブランの顔を見た。
「手、繋いであげたほうがいいよ」
ブランはもう一度促した。カインはかすかに首をかしげると腕を伸ばして彼女の手を握ってやった。
前と同じように、自分の手を握り返す細い指の動きが感じられた。セレスの目が手から自分のほうに移動するのをカインは見た。
これも前と同じだ。カインの額から鼻、頬、口と視線を移動させ、やがて彼女はかすかに笑みを浮かべて目を閉じた。かくんと顔が傾いた。
「眠った……」
カインはつぶやいた。