06-05 脱出

 アシュアは眉を潜めて目の前の男をじっと見た。
『ゼロ・ダリ』の責任者、エストランド・カートが困ったような顔でアシュアを見つめ返す。
「ちょっと理解できないんだけど」
アシュアは言った。
「ケイナはもう十分自分で動ける。そりゃ、おれは医者じゃないけど、星間移動するくらいは大丈夫だと思うんだけど」
「ですから……」
エストランドは駄々をこねる子供に言い聞かせるような口調になった。
「それは調整された環境の中だからです。彼はまだ『ゼロ・ダリ』からすらも一歩も外に出ていない。ましてや星間機の中で彼の血圧や脈拍が正常を維持できるという保証はないんですよ。わたしはそう報告を受けています。これは専門家としての注意ですよ、アシュア・セスさん」
アシュアはむっとして口を引き結んだ。
(あんただって別に専門家じゃないんじゃないの?)
そう思ったが口には出さなかった。
「じゃあ、いつだったらケイナはここから出ても良くなるんです?」
「今のところはなんとも言えません」
エストランドは答えた。
風貌だけなら物腰の柔らかい男に見える。低い声も言い含めるようにしてゆっくりしゃべる口調も誠実さをかもし出している。それでもアシュアはどうも納得ができなかった。
カートがケイナを引き取ると連絡をしてきたと思ったら、どうして自分が彼に呼ばれなければならないのだろう。
カートを説得するように仕向けたいのだろうか。
「でも、そっちだってケイナの治療はこれ以上続行できるかどうか、契約のめど、立ってないんじゃないんですか?」
アシュアが言うと、エストランドはため息をついた。
「わたしたちは契約が決まらなければもう知らない、というような人道に外れたことはしませんよ。彼の命を必ず救うとお約束して引き受けたんです。お金はその次です」
(でも、ケイナが目覚めた途端にそういうこと言ってたじゃねぇか)
アシュアは心の中で毒づいた。
アシュアが引き下がろうとしないので、エストランドはうなずいた。
「とりあえずこちらからも、もう一度地球のカートに連絡をします」
アシュアは仕方なくうなずいた。
「頼みます」
そう答えて彼のオフィスを出た。
オフィスを出てすぐにナナがアシュアを見つけて駆け寄ってきた。そして不機嫌そうなアシュアの顔を見て肩をすくめた。
「あんたどう思う?」
アシュアは歩きながら彼女に言った。
「ケイナはやっぱりまだ星間機に乗るのは無理?」
ナナはアシュアをちらりと見上げてかぶりを振った。
「その判断をしたのはわたしじゃないわ。わたしより上の人よ」
「あんたはどうなんだ?」
アシュアは再び尋ねた。
ナナはくっきりとした黒い眉をひそめたきり、何も言わなかった。
「もう、いいよ」
アシュアはそう言うと、ナナを追い抜いてさっさと先に歩いていった。
ナナはその後ろ姿を黙って見送った。

 ケイナの部屋に戻ってアシュアはエストランドとの会話を彼に伝えた。
「地球のカートが出るって言ってんのに、なんで引き止めるかね。これじゃあ、強引に出るっきゃねぇって感じだよ」
アシュアはそう吐き出すと腕を組んで椅子に腰掛けた。ケイナはベッドの上で錘を握って上げ下げしていたが何も言わない。
「おれ、とりあえずカインと連絡とってくる」
アシュアはそんなケイナをしばらく見つめていたが、不機嫌そうに口を尖らせながら立ち上がってそう言った。
やはりケイナは何も言わなかった。
自分の部屋に戻ったアシュアはカインに連絡をした。
しかしいくら待ってもカインは呼び出しに応じなかった。
出られない状況にあるのかもしれない。
『ノマド』にも連絡を入れたが、やはり誰も応答しなかった。
アシュアは仕方なく諦めた。