05-03 Go home

「良かったわね。自由になって」
ナナは言った。頭のうしろのポニーテールが彼女の動きに沿って面白いほど飛び跳ねる。
ふたりは『ゼロ・ダリ』の職員用のダイニングに入り、窓際のテーブルについた。
「ここって、混血の人ばっかりなの?」
アシュアは周囲を見回しながら、ナナに尋ねてみた。ナナは小首をかしげた。
「そうね…… 地球の人はあんまりここの生活は合わないみたいだし」
「ナナって、地球人だよな?」
アシュアが言うと、ナナは少し笑った。彼女の顔つきは明らかに『アライド』系ではない。
「わたしは地球のほうの血が濃いだけ。『アライド』の血はもう10分の1以下よ」
「じゃあ、『見える力』っていうのはあんまりないの?」
ナナはさらに笑った。
「地球の人は時々そういうことを聞くわね」
彼女は皿の上の小さな肉片をフォークで刺すと口に入れた。アシュアが怪訝そうな顔をすると、ナナは肩をすくめた。
「『アライド』の種が『見える力』を持つなんて言われるのは、地球に行ったときだけよ」
アシュアが意味が分からないというような顔をして自分を見たので、ナナは持ち上げようとしていたフォークを止めた。
「『見える』とかいうのは、地球と『アライド』の環境の変化で脳細胞が影響を受けるからじゃないかしら。だから『アライド』の血が入ってる人はすぐこっちに戻ってきちゃうの。こっちだったら別に普通だから」
「じゃあ、ここにいたら何にも見えないわけ?」
「当たり前じゃない」
ナナは笑った。
「早い話、幻覚よ。地球の人は『見える力』だなんて大袈裟なふうに言ってるけれど、そんなものあるわけないわ。もっとも、個体としての特性もあるだろうから勘がいいとかそういう人はある程度現実的なものを見るのかもしれないけど、それだって稀だわ」
じゃあ、カインは『稀』なほうに入るのかもしれない。
アシュアは思った。
「脳に影響があるっていうことは、体にも何らかの影響があるわ。だから『アライド』の血が入っている人は地球には永住しないのよ」
アシュアは無言でうなずいた。『見えて』いると体に負担をかける。そのことはカインを見ているからよく分かっていた。
しばらくしてアシュアは再び口を開いた。
「ナナって『ゼロ・ダリ』にはどのくらいいるの」
ナナは考え込むように視線を泳がせた。
「そうねえ…… 8年くらいになるかしら……」
「ふうん……」
アシュアはフォークで皿をつつくナナを見つめた。彼女は年齢的には20代後半くらいに見える。意志の強そうな黒い眉にぴしりと通った鼻筋はいかにも医療に携わっていそうなタイプだ。
ここに来る前はどうしていたのか聞いてみたい気もしたが、あまりしつこくいろいろ聞くのも失礼に思えてアシュアはそれきり食べることに専念した。食べながら、アライドの食事はやっぱりまずい、と思った。
「アシュアは結婚しているの?」
急にナナが口を開いたので、アシュアは目をあげた。
「うん。子供もいるよ。双子でさ。今、6歳だ」
「そう……」
ナナはがしがしと食事を口に運ぶアシュアを見つめた。
「家族と離れて寂しいわね」
「んん…… まあ、仕事だしな」
そう答えてアシュアはふと彼女の顔を見た。ナナは慌てて目を逸らせた。
「ねえ、ケイナのあの義手義足のことだけどさ。あの動きにくそうな袋みたいなのって、いつとれるわけ?」
アシュアが尋ねるとナナは再び考え込むような顔をした。
「そうね…… 目のほうはあと1ヶ月もすれば外せると思うけれど、腕と足はもっとかかると思うわ ……3ヶ月くらいかしら」
アシュアは大変だなというようにうなずいた。
「でも、ガードは少しずつ薄いものになっていくと思う。たぶん明日あたりから歩行訓練も始まる。曲げ伸ばしができないと困るから、だいぶん動きやすいものに変わると思うわ」
「歩行訓練か……」
アシュアはつぶやいた。
「早いな…… 7年も眠ってた人間とは思えねぇ……」
「確かにね」
ナナも同調した。
「あの飛躍的な回復は何かしら。まるで焦っているみたいな気がするわ。早く地球に帰りたいのかしら」
アシュアは思わずナナの顔を見た。ナナは肩をすくめた。
「そういう気がしただけよ」
早く地球に帰りたい…… セレスが待っているからか?
アシュアには分からなかった。