05-02 Go home

 その夜、気を失うように眠りについたアシュアはほどなくして再びナナに起こされた。
「もう勘弁して…… 寝かせて……」
アシュアは毛布をかぶって呻いた。
「ケイナじゃないわ、アシュア。リィ・カンパニーから連絡が入ってます」
「あ……」
アシュアはげんなりして毛布から顔を出した。数日連絡をしていなかった。またカインにどやしつけられるのかもしれない。でも、出ないともっと怒られるよな……。
アシュアは渋々ベッドから降りた。
ふらつく足取りで通信室に行くと、画面の向こうでカインが待っていた。
「アシュア…… 大丈夫か」
カインはアシュアの顔を見て少し驚いたように言った。アシュアの目の下には黒いクマができ、顔もげっそりやつれていた。アシュアのこんな顔を見たのは初めてかもしれない。
「大丈夫じゃねぇよ…… おまえ、おれと代わってくれ……」
アシュアは涙声でつぶやいた。
「ごめん、アシュア。ぼくは動けないんだ」
「冗談だよ」
アシュアはモニターの前に頬杖をついて答えた。
「おまえはそこから出ないほうがいい」
「ケイナの様子は?」
「ん、ああ……」
アシュアは首筋を撫でた。どうしよう……。ケイナはカインに伝えるなと言っていたし……。ちらりと後ろを振り向くとナナの姿が見えた。
やっぱり言わないほうがいいかもしれない。
「うん…… 変わりないよ。おれ、ずっと手を繋いでる」
「近くに誰かいるの?」
「ん? ああ、いるよ」
アシュアは答えた。カインの表情にさすがにアシュアも気がついた。
カインはこの通信機では話せないことを話したいと思っているのだ。
「大変そうだな」
カインは言った。
「大変だよ。疲れきってる」
「明日かあさってあたり、差し入れが届くと思う。それでちょっと元気を出してくれ」
「そりゃ嬉しい」
アシュアは欠伸をした。
「ねえ、カイン。リア呼んでくれないかなあ」
「何言ってんだ」
カインは苦笑した。
「おれ、もう毎日腹空かしてんだよ。腹いっぱい食いてぇ。ここのメシあんまし美味しくないんだよ」
「もうすぐ彼女と会えるようになるよ」
(ふーん)
アシュアは思った。差し入れって星間通信機か……。それなら『ノマド』に連絡を入れることもできる。
「じゃあ、差し入れ楽しみに待ってるよ」
アシュアは嬉しさを押し隠して再び欠伸まじりに言った。
「ケイナのことを頼む」
カインが言ったので、アシュアはうなずいた。
画面からカインが消えたので立ち上がって振り向くと、ナナが腕を組んで口を歪めていた。
「まずいメシで申し訳なかったわね」
「あ、いや……」
アシュアは頭を掻いた。
「明日はもう少しましなものを作るわ」
ナナはそう言ってアシュアをじろりと見ると、くるりと背を向けて部屋を出て行った。
彼女の背中で揺れる髪を見ながらアシュアはため息をついた。

 ナナは言葉通り、『アライド』のパンではなく地球人向けのパンを用意し、片手でもアシュアが食べやすいように小さく切って皿に盛ってくれた。
「あの…… ほんと、気にしなくていいから。おれ、何でも食うし」
アシュアは恐縮したが、ナナはつんとして素っ気無く皿を置いていった。
よほど癪にさわったのかもしれなかった。
 しかし、その生活も2日で終わった。ケイナが身を起こすことになったからだ。
アシュアはようやく手を繋ぐことから解放された。
本当なら地球に戻ってもいいはずだが、アシュアはリィ社長の指示だからという理由でそのまま滞在することになった。
アシュアはカートと『A・Jオフィス』の両方からもそういう指示が『ゼロ・ダリ』に言い渡されていることは知らなかった。3社から指示が出ているということは、アシュアの身の保護のためにも重要なことだった。
 ケイナはイエスとノーを首の動きで伝えられるようになっていたが、相変わらず声は発しない。脳波と心拍を測る装置は取り外され、彼につけられているものは右手と左足の大きなカバーと目を保護する黒いガラスだけになった。
体は上半身を徐々に起こしていって、ソファに座るのと同じくらいの姿勢になるまでにさらに2日を要した。
ナナが言うには2日でも早いほうだという。3日目にはケイナは左手に筒を持って指を動かす訓練をし、その次は義手である右手の訓練にもはいった。
義手である右手の手首から先のカバーが取り外され、それを見る限りでは全くその指が作りものであることは分からない。しかしケイナはやはり右手のほうは触感が違うのか動かし辛そうだった。それでも1週間たったときにはケイナの腕は肩の高さまであがるようになっていた。
声は相変わらず発しなかった。
目は覆われているのでリアクションがないと何も聞こえていないのではないかとアシュアは思うことがある。
呼ぶとかすかに顔を向けるので、聞こえていないわけではない。でも、彼はすぐにそっぽを向いてしまう。
ケイナは体力を回復することに専念しているのかもしれない、とアシュアは思った。
それも常人離れした速さで。
トイ・チャイルドの遺伝子はこういったことでも威力を発揮するのだろうか。
リィ・カンパニーでのアンリ・クルーレとの会話の一端は送られてきた通信機でカインから聞かされた。アシュアは『ノマド』に連絡をとり、ケイナの受け入れを準備するよう伝えた。
やっぱり『ノマド』のエリドから聞いた言葉が蘇る。
(ケイナは帰れない)
でも、帰る手はずは整えなければならなかった。
「ケイナ」
アシュアは無言でリハビリを続けるケイナに話しかけた。
「やっぱりカインに言っちゃだめなわけ?」
ケイナは錘を上げ下げしながらかぶりを振った。顔はこちらに向けない。
「なんでなんだよ……」
もちろんその答えはなかった。
誰かが部屋に入ってきたと思って顔を巡らせると、ナナが顔を覗かせていた。
「アシュア。食事、とりませんか」
彼女はそう言ってケイナに目を向けた。
「ケイナ。根を詰めないようにね。もうすぐしたら昼食がくるわ」
ケイナはちらりと顔をあげたが、やはり無言のままだった。目に覆いをされているとケイナの表情は本当に分からない。
アシュアは立ち上がってナナとともに部屋を出た。