04-07 ゼロ・ダリ

「会社の金をごっそり引き出して行ったんだよ。ふたりとも」
「お金を?」
カインは目を細めた。ヨクはうなずいた。
「トウの予想通り、サエはきみへの興味を失ったんだ。金を持って逃げたのはトウに売りつけたような気持ちだったんじゃないかな。トウはそれでも怒らなかった。きみを置いていったのだから、手切れ金と思えばそれでいいと言った。無くした金は自分の個人財産で補填するつもりだったんだろう。だがね、父は納得できなかった。おれも納得できなかったよ。全従業員たちの給料の20%だぞ? 許されるはずがない。父は彼らの逃亡先を把握して返金の要求をするために交渉人を派遣したんだ」
「でも、拒めば殺すつもりだった?」
カインが言うとヨクは緩く首を振った。
「かもしれん…… あくまで憶測だ。父は詳しいことは言わなかった。金を引き出した彼らも犯罪を侵したが、殺人を計画していたとしたら、こっちも犯罪だ ……結果的に旅行機は事故に遭った。ボルドーもサエも派遣した男も死んだ。金は戻らなかった」
カインは脱力したようにソファに身を沈めた。
「どうしてそのこと…… 教えてくれなかったんです…。」
「言っただろう。言いたくなかったんだ」
ヨクは答えた。
「ぼくはずっとトウを憎んでいたんだぞ」
「嘘をつけ」
きっぱりとした彼の口調にカインは顔をこわばらせた。
「きみは一度だって彼女を憎んだことなんかなかっただろう」
ヨクはそう言い放ってかすかに口を歪めた。
「たぶんそのことはきみの周りの人間のほうがよく分かっていたと思うよ。そう、ケイナにしてもアシュアにしても……。おれもだ。もちろん……トウも、ユージー・カートも」
言いようのない気持ちがぐるぐると痛いほどに頭の中を回っている。
カインは唇を噛んだ。
10代のあのとき、駆け抜けたように思えたあの2年間。その断片が襲い掛かってくるようだった。
「トウは不器用だったからな……。背負っているものが大きすぎた。きみの前で掛け値なしの愛情表現をしたくてもできなかったんだ。反抗期くらい誰でもある。きみが彼女のそんな不器用さに反発したかった気持ちも分かるよ」
「反抗期?」
カインは思わずヨクに食ってかかった。
「反抗期だったと?」
「それ以外に何があるんだよ」
ヨクはカインをじろりと見た。カインはショックだった。トウのことで苦しみ悩んだあの時間が反抗期? ただの反抗期だと?
「大人になって、自分の正直なところに気づけよ。いろんな部分でさ」
ヨクは3本目の煙草を取り出した。カインはそれを乱暴にひったくった。
「ひとつ聞いていいですか」
「なに」
カインの険しい目をヨクは見つめ返した。
「あなたはぼくが尋ねたことに全く答えを返してくれていない。トウがあなたにぼくのことを頼んだのはなぜなんです。なぜ、あなたに頼んだ?」
ヨクは眉を吊り上げるとそっぽを向いた。
「自分のことはだんまりですか」
「おれとトウの関係で妙なことを考えているんだったら的はずれだよ」
ヨクは言った。
カインは納得できないような表情になったが、何も言わずいらだたしげにソファにもたれこんだ。
ヨクはまだ何か隠している。彼の話はあまりにもトウに近すぎる。カインが再び口を開こうとするのをヨクは遮った。
「トウはサエとボルドーの話をあまりきみに聞かせたくなかったみたいだ。ましてや会社組織で殺人計画があったなど、きみに知らせたくないのは当然だろう。彼女が言いたくないものをおれが話すのも変な話だからな。だから今まで言わなかった」
ヨクは束の間口をつぐんだ。
「それにな、どんなに懇願されたって、人には言いたくないことは誰だってあるんだよ。おれは小さい頃からきみを見て知っているから息子同然に思っているけれど、それでも言いたくないことはあるんだ。これが全てだ」
彼は息を吐くと立ち上がった。
「これ以上はもう話すことはない。きみももう反抗期じゃないんだから、冷静に受け止められるよな?」
カインはむっとした表情で彼を見上げた。
「そういう顔をしないことだ。いい加減、おとなになれ」
ヨクはカインの顔を指差しながらそう言うと、最後ににっと笑って部屋を出ていった。
カインは握ったままだったヨクの煙草を手の中で握りつぶした。
反抗期だと? ばかにしやがって……。
『きみは一度だって彼女を憎んだことなんかなかっただろう』
唇を噛みながら、ヨクのその言葉に反論できなかった自分が悔しかった。