04-05 ゼロ・ダリ

 翌日ヨクはカインの部屋を訪れて、いきなり彼の構える銃口に出迎えられて立ちすくんだ。
「なにしてんだ!」
「ごめん」
カインはデスクの脇に立って申し訳なさそうに銃を下におろした。
「しばらく持ってなかったから、慣れておこうと思って」
「慣れておこうとって……」
ヨクはカインに近づくと彼の顔と手元の銃を交互に見て困惑したような表情になった。
「何年も使ってないから…… やっぱりだめかな……」
カインは銃を見つめてつぶやいた。
「何をしようとしてるんだ?」
「ねえ、ヨク」
訝しげに目を細めるヨクの表情を無視してカインは言った。
「このビルに射撃場ってあったっけ」
「そんなもんあるわけないだろ」
何を考えているんだといわんばかりにヨクは答えた。
「そうだよな…… ましてや実弾だし……」
カインはコトリと銃をデスクに置いて考え込んだ。
「なんでそんなもん持ち出してるんだ?」
詰め寄るヨクの顔にカインは目を向けた。
「自分の身は自分で守ろうと思って」
「え?」
ヨクはカインの顔をまじまじと見た。
「そんなこと……」
「そう、できるわけがない」
カインは彼の言葉を遮って、銃を引き出しに片付け、デスクから離れるとソファに座った。
「200mの距離を撃つやつなんか、たとえアシュアがそばにいても無理だ」
「カイン……」
「でも、何もしないよりはマシだ」
「ボディガードを雇う……」
「雇わない」
カインはヨクの目を見据えてつっぱねた。
「少しでも費用を削減したい」
「ばかなことを言うな!」
ヨクは思わず声を荒げたが、カインはそっぽを向いた。最初からヨクが怒ることは承知のうえだったのだろう。
「費用と社長の命とどっちが大事だよ!」
カインはヨクの言葉を聞いて少し小首をかしげた。そして答えた。
「どっちも」
ヨクは呆れたように首を振った。
「どうかしてる。どうかしてるよ……」
「ぼくは死にたくないんだ」
カインはソファに身を沈めて言った。
「あなたも死にたくないでしょう。死にたくないから、かつて『ビート』だった自分の腕に賭ける」
「ふざけんなよ。きみに守ってもらうのか? そんな本末転倒なことがあるかよ」
ヨクは手を振り上げた。
「じゃあ、あなたも射撃の訓練をする?」
カインの言葉にヨクはぐっと詰まった。生まれてこのかた銃なんか手にしたこともない。カインは彼から目を離した。
「ユージーの秘書に会いたい旨を伝えてください。彼の都合がいい一番近い日時でアポイントを」
ヨクは黙っていた。口を真一文字に引き結んでいる。カインはそれきり何も言わなかった。ヨクもそのまま何も言わず、しばらくして部屋を出て行った。

 その日の夜、ヨクは部屋に入ってくると黙ってカインの前に布包みを置いた。
カインが彼の顔を見上げるとヨクは肩をすくめた。
「気が進まないがね」
包みを開けると新しい銃が見えた。
「アンリ・クルーレとは明日12時だ。彼のほうからこっちに来てくれる ……これは彼が手配して人づてに届けてくれた」
「クルーレが?」
カインは目を細めた。ヨクはうなずいた。
「カートは軍の関連だからこういうのは得意だよ。きみの腕はだいたい把握していた。ユージー・カートからも時々話しを聞いていたんだろう。軍仕様の最新式だそうだ」
カインは銃を持ち上げた。今の自分のものよりすんなり手に馴染む。
「自分の身は自分でというのは賢明な選択だと言ってたよ」
ヨクは首を振りながらソファに歩み寄るとどさりと腰掛けた。
「たくさん護衛をつけていたのに、全く役に立たないのなら、いないのと一緒だとさ」
カインはユージーと一緒に降りてきた数人の兵士たちを思い出した。クルーレはもしかしたら彼らを解雇してしまったかもしれない。
「ユージーの容態について何か言っていましたか?」
「変わりない」
ヨクは答えた。カインは銃を元通りに包むと人の目に触れないようデスクの引き出しの奥に片付けた。
「ユージー・カートはたくさんの部下を抱えていた。仕事柄、万が一のことがあっても物事が滞りなく進むよう日ごろから手配していたそうだ。だからとりたてて現状の業務に差し支えはないが、彼の昏睡が長引くようだと次期社長のことを重役会で考えないといけないだろうってところまではきているらしい」
カインは椅子の背もたれに身をもたせかけると、口を引き結んで宙を見つめた。
代替わりをすると、ケイナやセレスのことは蚊帳の外になるだろう。
「ヨク……」
カインはつぶやくように尋ねた。
「もし、ぼくに万が一のことがあったら、カンパニーは同じように業務を続けられますか?」
「たぶんね」
即座に答えるヨクにカインは思わず彼に目を向けた。
「カートと同じだよ。ほどなくして次期社長ができるだろう。でなきゃ組織じゃないよ」
カインが再び口を開こうとすると、ヨクはそれを遮るように畳み掛けた。
「おまえがいなくなったらおれは辞める」
カインは目を細めた。
「……なんでそんなにぼくに固執するんです……」
「トウ・リィの息子だからな」
ヨクは肩をすくめて答えた。
怪訝な顔つきでこちらを見るカインにちらりと目を向けてヨクはかすかに口を歪めた。
「トウと約束をしたんだ。自分に何かあったときはきみを頼む、と言われた」
「え……?」
カインが目を見開いたので、ヨクはため息をついた。
「これ以上は言いたくない」
「いつもそうやって……」
カインは椅子の背もたれに寄りかかって腕を組むと不機嫌そうにつぶやいた。ヨクは知らん顔をして壁のモニターを開くと報道を映した。
「あなたは……」
カインはそんな彼の顔を見て言った。
「トウが20代でひとつの部署を任されたとき、彼女の直属の部下になっていますよね。以後20年ほどトウの近くで仕事をしてきてる」
「そんなことはおれに聞かなくても調べりゃすぐ分かるだろ」
ヨクは素っ気無い。カインは立ち上がると彼に近づいた。
「あなたは父にも会っているはずだ。どうして何も教えてくれないんです?」
今日はてこでも引き下がらないつもりだった。しかしヨクはまるで聞こえていないかのように壁のモニターを見つめている。カインは彼とモニターの間に立ちはだかった。
「見えないよ。どきなさいって」
子供をなだめるような口調でヨクが言った。
「クローズ!」
カインはむっとして壁に向かって怒鳴った。シュンッと音をたててモニターが消えた。