04-02 ゼロ・ダリ

「セレスの記憶はどれくらい失われているものなのか、分かるのかね」
ケヴィンが尋ねたので、アシュアは彼に目を向けた。
「セレスはほとんど体に損傷のない状態なので、思うほど失われた部分は少ないんじゃないかということです。でもこればかりは目覚めてみないと分からなくて……」
「そうか…… まあ、そうだな……」
ケヴィンはうなずいて目を伏せた。自分たちのことを忘れてしまっているかもしれないということは彼にとっても辛いことなのだろう。
「でも、記憶は消えてしまったわけじゃないです。きっかけさえあれば必ず戻ってきます。記憶が戻ったら必ずここに来るよう、あいつに伝えますから」
アシュアが言うと、ケヴィンはありがとう、というように笑みを見せた。フェイが指先で自分の目をぬぐう。
セレスは幼い頃、どれほどふたりに大切にされて育ったことだろう。
アシュアは口を引き結んで俯いた。
「ごめんなさいね。どうぞ、お茶を飲んで?」
フェイがアシュアの様子に気づいて申し訳なさそうに言ってくれた。アシュアはそれに少し笑みを返してカップを口につけたあと、思い切って口を開いた。
「あの」
ふたりの目が同時に自分を見る。
「あの……」
アシュアはカップを置いて小さく深呼吸した。
「次にセレスに会うときには、彼はもう男性じゃなくて、女性になっています。だから…… その…… 心づもりをしておいて欲しいんです」
「女の子でも男の子でも、セレスはセレスだわ。変わりないわよ」
フェイが即座に笑みを浮かべて答えた。
「元から女の子みたいな雰囲気のある子だったから、別に驚かないわ」
本当かな、とアシュアは思った。ずっと一緒にいた自分ですら驚いたくらいなのだ。小さい頃から知っている彼らはきっと戸惑うかもしれない。
「あ、そうだ……」
アシュアはポケットから紙を取り出した。
「自分はこれからリィ・カンパニーで勤務します ……これ、自分の連絡先です。いつでも、気になることがあったら連絡してきてください。ちょっと今はまだ直通の連絡先がないんだけど…… 決まればまた知らせます」
フェイが差し出された紙を受け取り、それをケヴィンに渡した。
「ありがとう」
彼は顔をほころばせた。
「それで……」
アシュアはためらいがちに言った。
「もし良かったら、クレイ指揮官のお墓参り、させてもらえませんか」
「もちろんよ。喜んで」
フェイが嬉しそうに答えた。
夫妻が立ち上がったので、アシュアもそれに続いた。

 ハルドはクレイ夫妻の家からそう遠くない墓地の一角に埋葬されていた。
ハルドの墓が近いからクレイ夫妻はあの家に住んでいるとさえ思える。
家の前で咲いていたらしい淡い色の小さな花が供えらえていた。
「最期には会えなかったの」
墓前に立つアシュアの後ろでフェイが言った。
「眠るみたいな感じで亡くなったって聞いたけれど…… でも、セレスのことはずっと気にしてたわ。それと…… ケイナ・カートさんと」
アシュアはうなずいた。
ひざまづいて白い墓石に手を触れた。家を出るときにフェイが持たせてくれた花を墓石の上に置いた。
(クレイ指揮官、おれ、ちゃんとみんなを守りますから)
アシュアはそう心の中でつぶやき、立ち上がると彼の墓前で敬礼をした。
ケヴィンは黙ってずっとアシュアの後ろに立って彼を見つめていた。
墓前から離れようと向き直ったとき、フェイがアシュアを見上げた。
「あの…… ひとつお願いをしていいかしら」
「なんですか?」
アシュアが尋ねると、フェイはしばらくためらったのち口を開いた。
「たぶん、もう見つからないとは思うんだけど…… なかなか諦めきれなくて。ハルドは両親の形見のブレスレットを持っていたはずなの。それが葬儀のあとに遺品を調べたときにはなかったの」
「ブレスレット……?」
アシュアは首をかしげてつぶやいた。
「セレスが同じものを持っていたのよ。あの子たちの両親はお揃いでそれを持っていたから、事故で亡くしたときに形見でそれぞれに渡してやったの」
トイ・チャイルドの暗号が刻印されたプレートのついたブレスレットなのだろうか……。
ハルドさんも持っていたのか。
アシュアは口を引き結んだ。
「ハルドは腕が太くてつけることができなかったから身につけていなかったらしいの。とるものもとりあえずっていう感じで慌ててこっちに来たし、もしかしたら地球に置いてきたんじゃないかと思うけれど……」
「ハルドの荷物はもう処分されているだろう。今から探すのは無理だ」
ケヴィンが口を挟んだ。
「諦めたほうがいい」
「いえ、探してみます」
アシュアは答えた。
「カート司令官が関わっておられたことだし…… そうそう個人物を廃棄処分にはしたりしないと思いますので」
「お願いします」
アシュアの顔を見つめてフェイは言った。
トイ・チャイルドのブレスレット? なんだか危ないな……
不安を感じたが、懇願するような視線のフェイにアシュアは大丈夫というように笑みを見せた。