04-01 ゼロ・ダリ

(『アライド』の朝はいつ来たのか分からないような感じだな)
アシュアはホテルの小さな窓から外を眺めて思った。
ベッドも家具調度品も決して悪くない部屋なのだが、どうも居心地が悪い。窓の外を見るとさらに気持ちが滅入った。
『アライド』は真夜中になってもずっと明るくて、うっすらと青白い夕方のような感じだった。
火星に似ているこの星はほとんどが赤い土で覆われている。日が暮れると遠くの赤い山々が薄青い光の中に浮き上がって毒々しいほどのコントラストを見せていた。
ただ、『アライド』は衛星ではない。人工の星だ。火星の周囲を回って太陽の光を間借りしているような小さな星だ。居住区では地球に近い環境が作られているとはいえ、重力が違うからなのかアシュアはあまりこの星の生活には自分が合わないと感じた。ずっと気が滅入っているような感じがする。
『ゼロ・ダリ』という医療施設で治療を受けるケイナの姿を直に見たこともあるかもしれない。
目を逸らしたくなるほど痩せこけてしまった彼の姿はかなりショッキングだった。
そげてしまった筋肉を元通りにするのはかなりの時間が必要だろう。
『ノマド』の長であるエリドはケイナは『ノマド』に帰らないだろうと言ったが、あんな状態では動くこともままならないはずだ。ケイナが帰りたくないと言っても、やはり目が覚めたあとは自分の目の届くところでリハビリをしてもらいたい……
アシュアはそんなことを考えていた。
昨晩のうちに用意しておいた簡易食を口に放り込むと水で流し込んでアシュアはホテルを出た。

 『アライド』では、みな一様に厚いガラスがはめこまれたアイマスクをつけていた。
頭の上半分を覆うようなマスクをとると鋭い切れ長の目が現れた。
『アライド』の種は目が弱い。弱さの度合いは血の濃さによって違うようで、屋内に入るとマスクを外す者もいる。今はつけていないがカインも昔はメガネをかけていた。彼らを見るとカインの特徴ある切れ長の目はやっぱり『アライド』の血なのかなとアシュアは思う。
 『アライド』の起源のことをアシュアはよく知らない。彼らがいったいどこから来て、どうしてわざわざ火星を回る人工の星に住むことにしたのか、人工の星に住むくらいならどうして火星に住まなかったのか、アシュアにはそれが不思議だった。
微妙な重力の差が『アライド』の種に合わなかったのかもしれない。
今はもう混血ばかりが人口の大半を占めているから純粋な『アライド』種は探すほうが難しいだろう。結局ここも純血種は淘汰されていってしまったのだ。地球人、という種に乗っ取られて。
いや、彼らはむしろ地球という血を入れなければ残っていくことができない種だったのかもしれない。
ただ、彼らは外見のとっつきにくさからは考えられないほど外からの人間に友好的だった。歩いていた人に地球で調べてきたクレイ夫妻の住所を差し出すと、アシュアが初めて声をかけたにも関わらず、ふわふわと頼りなく飛ぶ白い正方形の箱のような乗り物に乗せてくれた。これが彼らの乗用車なのだろう。
プラニカでもエアバイクでも乗ればそれなりにエンジンの振動が体に伝わる乗り物に慣れているだけに、ふわりふわりと小さく上下運動を繰り返しながら前に進むこの乗り物にアシュアは一瞬酔いそうになった。
 吐きそうになる前に寝てしまおう。そう思って目を閉じたときにクレイ夫妻の家に着いた。
クレイ夫妻の家は居住区の中心からは少し外れた、郊外の小さな家だった。
家の前には花が植えられていたが、咲いている花の色はあまり鮮やかではなかった。成長のしかたもどこか貧相だ。『アライド』の土地や日照時間の限界なのかもしれない。
その奥にある白い壁の建物に向かってアシュアは歩を進めた。
『アライド』では人を呼び出すとき、どうするんだろう。
ドアの前でアシュアが困惑していると勝手にドアが内側に開いた。
びっくりして一歩後ずさるとにこやかに笑みを浮かべた女性が立っていた。
彼女がセレスの養母だったフェイだろう。
昔は真っ黒だったと思われる彼女の髪は半分が灰色になっていた。くるりとした目にどこか懐かしさを感じる。
「アシュア…… セスさん?」
アシュアはさっと軍式に敬礼をした。
「待っていたわ。どうぞ」
促されるままに家の中に入った。お菓子を焼いていたような、甘く香ばしい匂いがかすかにする。質素で小ぶりな家具類や、きちんと整えられた清潔そうな部屋の様子にアシュアはほっと気持ちが落ち着くのを感じた。
壁にはいくつかの写真が飾ってあったが、そのうちの一枚に見覚えのある顔を見つけてアシュアは足をとめた。こちらを見て屈託のない笑みを浮かべている少年……
「それ…… セレスが10歳くらいのときのものです」
フェイがアシュアの様子に気づいて言った。
「その頃はまだ体があまり丈夫じゃなくて。ハルドについて『コリュボス』に行くなんて言い出したときは、どうしようかと思ったわ。『コリュボス』に行ったら行ったで今度は『ライン』に入る、でしょう?」
アシュアはあいまいに笑みを浮かべた。
「あ、どうぞ、奥に入って。お茶をお持ちしますから」
指し示された手に沿って奥のリビングに行くと、初老の男性が待っていた。
「どうも。ケヴィン・クレイです」
彼が手を差し出したので、アシュアはその手を握り返した。
「急な訪問ですみません」
「いや、とんでもない。来てくれて嬉しいよ」
ケヴィンは思慮深そうな顔立ちだった。セレスの父親はフェイと姉弟だから、彼とセレスは似ているはずがないのだが、笑うと深く刻まれる目尻の皺はどことなく人懐こいセレスの笑顔を思い出させた。
椅子を進められてアシュアが座ると待ちきれないようにケヴィンは口を開いた。
「セレスの様子はどうですか」
「ええ……」
アシュアは答えた。
「覚醒は近いんじゃないかということです。いつかっていうところまでは分からないんですが」
「そうですか……」
ケヴィンはうなずいた。フェイがトレイにティカップを乗せて現れた。小さな皿に焼き菓子を添えている。甘い香りはこれだったのかもしれない。
「できればあの子のそばにいてやりたいんですけど…… 行っても会わせてもらえないって言われて……」
フェイはカップをそれぞれの前に置きながら言った。
「おれも…… そうそう会わせてもらえるわけじゃないんです。でも、心配しなくても大丈夫ですよ。彼の看護は最高レベルですから」
アシュアは慰めるようにフェイに言った。フェイはうなずいた。
「あの子…… ハルドが亡くなったことを知らないのよね……」
彼女は皿を置く手を止めて悲しそうにつぶやいた。
「お兄ちゃん子だったのに……」
アシュアは何も言えずに目を伏せた。