03-04 gazed at

 最初はテーブルに皿を並べていたが、ヨクの意向で床の絨毯の上にテーブルクロスを敷き、3人とも床にぺたりと座り込んで食事をした。部屋の中でピクニックでもしているような感じだ。
ティの作ったシチューは最高に美味しかった。ヨクが焼いたというパンもカインにとっては驚きだった。かすかに甘みの感じる温かい舌触りをカインもティも絶賛した。彼にこんな特技があるとは誰も思わないだろう。
「一人暮らしが長いからな。いろいろ暇つぶしを考えるんだよ」
ヨクは持ってきたワインで既にいい気分になっている。
彼が煙草を取り出したのでカインは小さな皿を灰皿代わりに出してやった。
ヨクが煙草の箱を差し出したがカインはかぶりを振った。彼はワインも飲んでいない。
「嗜好品はだめなんだ。美味しいと思わなくて…… せいぜいコーヒーを飲むくらいで」
「味覚っていうのを感じてる?」
ヨクが怪訝そうにカインを見た。
「それくらい分かるよ。シチューもパンも美味しいと思うよ」
背もたれ代わりのソファによりかかってカインは笑った。
「ただ、普段は食べることにあんまり興味がなくて。体に影響が出ないし…… 空腹感がないというか……」
「生命力がないなあ」
ヨクは呆れたように言った。
「おれはきみくらいのときはがつがつ食ってたもんだけどなあ」
彼はワインを一口飲んだ。そしてティを見た。
「これからはもっといっぱい何か作って運んでやらなきゃな」
「わたし、本当はシチューしか作れないの」
ティは白状した。
「これ、母から教えてもらったもので、元のスープを母が目一杯作って置いていったの。わたしがやったのってそれに野菜を入れたくらいだわ」
「じゃあ、今後のためにもっと勉強しろよ。嫁さんになるんだったら必要だろ?」
「何言ってるの」
彼女が苦笑したとき、カインの頭の奥に小さな赤い火が見えた。
なんだろう。ケイナの姿を見てからずっとこうだ。
「疲れました?」
目を押さえるカインを見てティが気遣わしげに言った。
「いや、そうじゃないよ」
カインはなんでもない、というように笑みを見せた。
しばらくすると、ヨクは床にごろりと横になった。ほどなくして彼は大きないびきをかきはじめた。
「ねえ、こんなところで寝ちゃだめよ」
ティがヨクの肩を揺さぶったが、彼は全く起きる気配がなかった。
「いいよ、ヨクも疲れてるんだ」
カインはそう言うと立ち上がって寝室に行き、毛布を持って来てヨクにかけた。
ティがしかたなくソファのクッションをとって彼の頭にあてがってやった。
「こんなこと言うのは不謹慎かもしれないんですけど……」
ヨクの寝顔を見つめながらティは言った。
「あの事件がなければ、カインさんの部屋で晩餐会なんてできなかったでしょうね……」
「そうだな」
カインは答えた。
「明日、ふたりとも普通なら休みの日だろ? ぼくのことはいいからゆっくりするといいよ」
彼はヨクが放り出した煙草の箱を取り上げると一本とりだした。
「煙草は吸わないんじゃなかったの?」
ティが目を丸くした。
「吸ったことがないわけじゃないよ。味を感じないだけで」
カインは慣れた様子で火をつけた。しかし吸ってすぐにもみ消してしまった。
つまらなさそうに彼は再びソファにもたれかかった。
「『アライド』の体質って地球人とは違うんだ。この間の点滴にたぶん精神安定剤か睡眠薬が入っていたと思うけど、量が生半可じゃなかったんじゃないかな。聞くのが怖くて黙っていたけど」
カインは頭をソファの座面にもたせかけ、宙を見つめた。
「空腹感がないっていうのは、早い老いの割には長生きしてしまう『アライド』の種の限界なのかもしれない」
ティが怪訝そうな顔をしたので、カインは彼女に笑ってみせた。
「ほうっておいたら餓死するんだよ。自分で気づかないうちに。眠っている間に逝けるんじゃないかな」
「だめです、そんなの……」
ティは顔を曇らせて目をそらせた。
「そんなの、絶対だめよ」
「うん。だから食べるんだ」
カインは視線を再び宙に向けて答えた。
「ぼくはまだ生きていかなきゃならないから」