03-03 gazed at

 その夜、カインがシャワーを浴びてタオルで濡れた髪をこすっているといきなり来客を知らせる音が鳴った。
カインは慌てて近くに放り出してあったシャツをはおって部屋の外のモニターを見た。立っていたのがティだったのでドアのロックを外したが、もう時間は午後10時を過ぎている。こんな時間に彼女が来るとは思わなかった。
「よいしょっと……」
ティはカインを押しのけると部屋の中央まで歩いて行き、両腕に大事そうに抱えたものをテーブルの上に置いた。腕からはさらに紙袋をさげている。
「ああ、重かった。ごめんなさい、こんな時間に。もうすぐヨクも来ますから」
「なに?」
カインはテーブルに置かれたものを見つめた。すっぽりと分厚い布でくるまれている丸い形のものだった。
「シチュー」
彼女はそう言って笑みを見せた。
「は?」
「野菜たっぷりの。ヨクはパンが焼けるんですって。嘘みたいでしょ? ついでにとっておきのワインも持ってくるって。社員レストランの厨房のハリスが材料を用意してくれて。彼はドレッシングも作ってくれたのよ。ハーブ一杯で元気が出るって。サラダ、作るわね」
彼女は矢継ぎ早にそう言うと、紙袋からさっさと野菜類を取り出し始めた。
「ち、ちょっと待って。どういうこと」
カインは呆然としてテーブルに次々に並べられる野菜類を見た。
「どういうことって……」
ティは彼の顔を見て笑った。
「食べるんです」
カインはあんぐりと口をあけた。もうこれから休もうと思っていたのに。
「お腹減ってません?」
「ぼくは夕方少し食べたから……」
カインは困惑したように言った。
「もうちょっとくらい食べられるでしょ?」
そう言って野菜を抱えてさっさとキッチンに入っていくティを、カインは慌てて追いかけた。
「ティ、どういうこと」
「食べるの」
腕を掴むカインに彼女は再び言った。今度は真顔できっぱりとした調子だった。
「一ヶ月かもしれないけど…… それ以上になるかもしれない。犯人が捕まるまでは緊張状態が続きます。体調を万全にしておかなくちゃ。カインさん、あなただけじゃない、わたしも、ヨクも」
彼女はそういうとレタスの葉を一枚ずつはがしていった。
「ディナーメーカーの食事なんかだめです。お腹と栄養は満たされても気持ちは満たされない。みんなで一緒に食べて元気になろうってヨクと話したんです」
そこで彼女はカインの顔を見た。
「明日はアシュアも帰ってきますよね。毎日というわけにはいかないけど、今度は彼も一緒に」
カインは何も言えずに彼女の顔を見つめた。ティはレタスを抱えたままカインを見上げた。
「カインさんは、こういうの嫌いですか? 仕事の仲間とプライベートの時間までっていうのは嫌かしら」
「いや…… そういうんじゃないけど……」
カインは戸惑いながら彼女の顔を見つめた。ティの茶色い瞳に自分の姿が映っている。それを見てアイマスクで覆われたケイナの顔を思い出した。
あの青い目に自分の姿が映るのはいつのことだろう。
形の良い鼻と薄情そうな唇はそのままだった。短く刈られてしまった金髪が痛々しかった。
カインはティの唇に目を向けた。
小さな口。ケイナとは違う少しぽってりと厚みをもった口。
この唇にもぼくはずいぶん前から惹かれていたんだった。
仕事の仲間とプライベートの時間まで? そんな夢のような時間は今までなかったじゃないか。
彼女の唇に触れてみたい、と思って手をあげかけた瞬間、来客を知らせる音がして大きな足音がどかどかと近づいてきた。
「持ってきたぞ! パン!」
そう言ってヨクが意気揚々と紙包みをかかげてキッチンに顔を覗かせた。その途端、彼の顔が気まずそうになった。
「取り込み中?」
「サラダを作っているところ」
ティが笑った。
「ヨクも手伝ってください」
カインがキッチンから出て行こうとしたので、ヨクがその腕を掴んだ。
「タイミング、悪かった?」
小さく言う彼にカインは笑みを見せた。
「美味しそうだね、パン。いいにおいがしてる」
カインはヨクから紙包みを取るとリビングに戻っていった。
ティが入ったあと、ドアをロックしとくんだった……
頭の隅でちらりと考えた。