02-08 ノマド

「アシュア」
エリドはさらに言った。
「夢見とはいえ、今の時間を生きている人間だ。未来を生きているわけではない。今の時間で見えるものから判断をして言葉を発しているに過ぎない。だから必ずしもそれが当たるというわけではないんだ。予見は予言ではないんだよ」
「その言葉……」
アシュアはつぶやいた。
「トリも言っていたような気がする……」
エリドはうなずいた。
「トリは夢見の中でもかなり高い能力の持ち主だった。それでも彼は全部を見ることができていたわけではない。彼の悲劇は見えてしまった負の未来を自分の中に吸い取って正にしようとしたところにある。そのおかげできみは命が助かったかもしれないが、人の未来なんて、いくらでも変わっ
てしまう。どんなに予見ができたところでそれは絶対ではない」
アシュアは目を伏せた。それを言ったら結局夢見の言葉は意味を成さないということになってしまう。
再び宙に視線を向けるエリドに、アシュアはその視線を追った。
「何を見ているんですか?」
「ああ」
エリドは笑った。
「きみの守りをしたいらしい。トリも懲りないな」
「は?」
アシュアは怪訝な顔をした。
「トリが来ているんだよ」
「え!」
アシュアは思わず立ち上がった。エリドが見ている先が自分の頭上あたりだったからだ。
「……おれ、そういうの苦手で……」
エリドはそれを聞いて可笑しそうに笑った。
「アシュア、幽霊じゃない、トリが残した思念だ。夢見は時々死んでも心だけ残していくことがある。分かりやすく言えばエネルギーの残像みたいなものかな。そのうち消えてしまう。トリはきみを守ることで最期を迎えたからね。その意識がまだ残っているんだよ」
「はあ……」
アシュアは気持ち悪そうに自分の頭上をみあげた。もちろん何も見えない。
「アシュア。トリもわたしたちもやってはいけないことをした。予見のできる夢見には侵してならない領域がある。それは人の生死に関わることだ」
エリドは宙に向けていた目を閉じた。
「命の操作はしてはならない。わたしたちはそのことを身をもって知っている。それなのにそれを破った。この報いは必ず来るだろう」
エリドは目を開けるとアシュアに顔を向けた。
「報いは甘んじて受け入れるしかないだろう。それまではわたしたちは全力できみやきみの友人たちを守ろう」
彼はアシュアの目を覗きこむようにして言った。
「大丈夫。長い旅になるかもしれないが、必ず目指すところに行ける。そう信じるんだ」
アシュアは口を引き結んでうなずいた。

テントに戻るとリアが大きな欠伸をして起き上がっていた。
アシュアの顔を見て口に手を当てると照れくさそうに笑った。
「夢見に会った?」
アシュアはかぶりを振った。
「行こうと思ってたんだけど、エリドのテントで話をしてきちゃったから……」
「長老の?」
リアはそばに横になっているブランの肩に毛布をかぶせるとベッドから降りた。
「なんだか全然納得できていないような顔ね」
仏頂面で椅子にどっかりと腰をおろすアシュアを見てリアは苦笑した。
「ノマドの言葉っていうのかなあ…… おれ、やっぱし、よくわかんねぇんだよな。抽象的で」
「あたしだって分からないわよ」
リアは再び小さく欠伸をするとテーブルの上のポットをとりあげた。
「夢見たちや長老の見てるものって、自分とは違うんじゃないかってよく思う。あの人たちはあたしなんかが見えないものを見てるんだわ。見えないものを説明するのって難しいわよ」
アシュアは頭上にいるかもしれないトリの姿を想像して肩をすくめた。
トリと同じ血をひいているとしても、リアにはエリドのように兄の姿を見ることはできないのだろう。
「次に戻ってくるのはいつになるかしらね」
リアは寂しそうにつぶやいた。
「あたしも一緒に行ければいいんだけど……」
「たぶん、カインはそれを望まないよ。おれがガードするのだって、ヨクに説き伏せられてやっと
納得するって感じだろう」
リアは持ち上げたポットを再びテーブルに戻すと、アシュアに近づいて彼の肩に腕を回した。
「アシュア、連絡してよね。毎日でなくてもいいからさ」
アシュアはそれを聞いて笑った。
「当たり前だろ」
「カインが望まないんだったらわたしは行かないけれど、でも必要な時は遠慮しないで欲しいの。
そう伝えて。ひとりで抱え込まないでって」
「うん……」
アシュアはリアを抱きしめて彼女の花の香りのする髪に顔を埋めた。
エリドの言うように長い旅になるかもしれない。何がこれから起こるのかわからないけれど、でも
きっとこれが最後だろう。
何となくそんなことを考えた。