02-07 ノマド

 興奮したうえにまとわりついてなかなか眠ってくれなかった双子が寝入ったあと、アシュアはテントを抜け出した。リアは子供たちと一緒に眠ってしまっている。
夢見のテントに行く前にアシュアは長老のエリドのテントに寄った。
中に入るとエリドは椅子に腰掛けてぼんやりと宙を見つめていた。
彼はもう70歳くらいになるだろうか。年はとったが浅黒く日に焼けた肌に精悍な顔つきは年齢よりもかなり若く見える。いつも凛としている彼がぼんやりと宙を見る姿はめずらしかった。
エリドはアシュアの姿を見て笑みを見せた。
「子供たちは寝たか」
「ええ」
「ブランはどんどん夢見に近づいているな」
エリドはアシュアに椅子をすすめてつぶやくように言った。
「そうなんですか?」
アシュアは座りながら彼の顔を見た。
「おれには全然わからないんだけど……」
「あの子はトリのように暗闇を見ないからな。トリは人の暗闇をどんどん吸い取って自分で自分を追い詰めていた。ブランはそういう自分に負担のかかることを最初から取り入れない本能がある」
「はあ……」
アシュアは返す言葉が見つからず、手持ち無沙汰に頭を掻いた。エリドはそれを見て笑った。
「アシュア、きみの遺伝子を引き継いでいるからだよ」
「はあ……」
アシュアはやはり同じ言葉しか返せなかった。
「歯車は噛み合う相手を見つけると勝手に回りだすからな……」
エリドは再び宙に目をやってつぶやいた。
彼は何を見ているんだろう。
彼の視線の先を追って、アシュアは再びエリドに視線を戻した。
「ケイナはここには帰らないな……」
そうつぶやくエリドにアシュアは目を細めた。
「帰らない?」
「ああ。帰らない」
エリドは視線をアシュアに向けた。
「帰れないだろう」
アシュアは困ったように彼の顔を見た。
「それって…… その…… 犯人を捕まえるとかそういうことを考えているってことですか?」
「捕まえるんじゃないよ」
エリドは言った。
「彼は大きな歯車だからな」
大きな歯車…… アシュアはため息をついた。長く『ノマド』にいるが、彼らの話はいつまでたってもすんなり頭に入ってこない。
「あの……」
アシュアは穏やかなままのエリドの顔を見つめて言った。
「夢見たちが『カインが泣いている』って言ったそうなんだけど…… おれ、どういうことか分からなくて……」
アシュアは頭を掻いた。
「今から夢見たちのところに行こうかと思ってたんですが……」
エリドはそれを聞いて笑った。
「アシュア、きみはいつも人のことばかりだな。自分のことは気にならないのか」
「いや、そりゃ、気になるといえば気になるけど、聞いたからって自分のことはどうしようもないというか……」
「人のことはお前がなんとかできるとでもいうのか?」
「長老、なんだか言葉が意地悪いです」
アシュアは恨めしそうにエリドを見た。エリドはさらに声をたてて笑った。
「心配するな。彼は辛い思いをするだろうが、乗り越えるのはひとりで、というわけではないよ」
エリドの目が穏やかにアシュアを見つめる。
「きみがリアや双子というかけがえのないものを得たように、彼の周りにもかけがえのない人たちがいるだろう。その人たちはきっと彼を支えてくれる。きみが支えられているようにね」
ヨクやティのことだろうか…… カインは彼らの顔を思い浮かべた。