02-06 ノマド

「なんで? ケイナはまだ目覚めてないぞ?それに、あいつもセレスも目覚めてから記憶がどれくらい残っているかわからないのに」
「うん……」
リアは小首をかしげた。
「でも、夢見たちがそう言うんだもの……」
「そこまで分かるんなら、ユージーを撃ったやつって分からないわけ? 犯人がまだ捕まってないんだよ」
「あのさ」
リアはしかたないわねというようにアシュアの顔を見て身を乗り出した。
「ケイナやユージーのことが夢見たちに分かるのは、あたしやアシュアが彼らに直接会ってるし、触れてるからよ」
アシュアは不思議そうな顔をしてリアを見つめた。リアは口を尖らせた。
「よく考えてみてよ。トリだってそうだったでしょ? 見てもいない、会ってもいない人のことは分からないわよ。分かったとしても漠然としたイメージでしか見えないわ」
「そうだったかな…… でも、夢見たちは直接ケイナやユージーに会ってないだろ?」
「だから……」
リアは腕を組んで子供に言い聞かせるような表情になった。
「あたしやアシュアが知ってるからだって言ってるじゃない」
アシュアはまだきょとんとしている。
「あたしも自分が見えるわけじゃないからよくわからないけど、あたしやアシュアを介して夢見たちはケイナやユージーを見てるのよ。たぶんあたしたちに気配が残ってるのかもしれない」
「ふうん……」
アシュアは音をたててお茶をすすった。
「じゃあ、犯人のことは何も言ってないの?」
「少しだけだったらしいけど、すごく凶暴なイメージが浮かんだって言ってた。真っ赤な火みたいな」
リアは答えた。
「火……?」
アシュアは眉をひそめた。
「カインは倒れる前にケイナによく似たやつに会ったって言ってたんだ。火っていうのは、どういうことなのかな……」
「わたしにも分からないわ。直接夢見たちに聞いてみたら?」
「うん……」
どうも気持ちがざわめく。アシュアは口を引き結んで視線を泳がせた。
「アシュア、カインのガードをするんでしょ?」
リアは少し視線を落としながら言った。
「夢見たちはあなたの安全を保証してくれるんだけど、あたしは心配なのよね。だって、下手したら、その『火みたいな凶暴なやつ』が相手になるんでしょ?」
リアの顔がさらに俯く。
「あたし、もう前みたいなのは嫌なのよね」
アシュアは無言でリアを見つめた。
7年前、アシュアはケイナを庇って撃たれた。本当なら死んでいてもおかしくない傷だった。それを助けたのは彼女の兄のトリだ。夢見だったトリはアシュアの代わりに自分の命を無くした。
アシュアが撃たれた時、リアのお腹の中にはすでにブランとダイがいた。兄であるトリはそれを悟っていたのだろう。トリは亡くなる前にアシュアの名前を呼び続けろと言い残したらしい。
リアはずっとアシュアの手を握り、必死になって名前を呼び続けたのだ。
リアはぱっと顔をあげた。ブランと同じ褐色の髪が肩の上で揺れた。
「やめて欲しいって言ってるわけじゃないのよ? そういうんじゃないの。ただね、普通に心配してるわけ」
「それは分かってるよ」
アシュアは笑みを浮かべて手を伸ばすと彼女の頬を指で軽く撫でた。
「おれも死にたかねぇし……」
アシュアは言いかけて束の間口をつぐんだ。
「あのさ、ひとつ聞いていい?」
「なに?」
アシュアはしばらくためらったのち思い切って口を開いた。
「さっきからの話で、カインのことが全然出てきてないんだけど……」
リアはそれを聞いて、ああ、というような表情をしたあと、視線を下に落とした。
「泣いてるって」
「え?」
アシュアは目を細めた。リアはきゅっと口を引き結んだあと再び言った。
「泣いてるって。辛くて悲しくてどうしようもなくて泣いてるって。でもどうしようもないんだって。彼はそれを乗り越えなきゃいけないんだって」
アシュアはカップを宙に浮かせたまま硬直した。カインが泣いている。どうして……
「夢見たちはそれ以上言ってくれないの」
リアは申し訳なさそうに言った。
夢見たちに直接聞こう。アシュアはそう決心した。