02-03 ノマド

 しばらくして部屋のドアが開いてアシュアが戻ってきた。
全員が彼に目を向けたのでアシュアは一歩足を踏み入れて少し困ったような顔をしてそれぞれの顔を見つめ返し、カインのベッドのそばまで大股で歩いてきた。息が荒い。大急ぎで戻ってきたような感じだ。
「……どうだった?」
カインは彼の顔を見上げた。アシュアは小刻みにうなずいた。
「うん、いる。『アライド』に」
思ったとおりの返事だった。アシュアはさらに言葉を続けた。
「覚醒に向かう脳波が出ているんだそうだ」
「覚醒の?」
カインはかすかに眉をひそめてアシュアの顔を見た。
「それはこれまでも出ていたって、ユージーが……」
「うん……」
アシュアは息を整えるように数回深呼吸をした。よほど大急ぎで走って戻ってきたのだろう。
「6時間前くらいからの脳波がこれまでのとは違うみたいだ。一気に覚醒に向かっていると言われた。場合によっちゃ、セレスとどっちが早いかって感じみたいだ」
6時間前…… ユージーが撃たれたとき……?
アシュアも同じことを考えているのだろう。ケイナが目覚めるかもしれないというのに不安を感じているような浮かない表情だ。
カインは視線を泳がせた。その視線をヨクに向けると彼は即座にかぶりを振った。
「『アライド』に行きたいんだろうと思うが、一週間はだめだ。そのあとはまた考える」
断固とした彼の口調にカインは無言で目を伏せた。

 カインはその後丸二日間、夢うつつの状態で過ごした。
『ホライズン』からの派遣医師が何度も訪れて点滴を投与していった。その中に精神安定剤でも入っていたのかもしれない。
あまり薬の効かない体質のカインだったが、それでも眠りとおしたということは、やはり体に相当ダメージがあったのだろう。
目が覚めたとき、どこかでアシュアが来たような記憶があった。
「……からな」
彼が自分を覗き込んでそう言ったように思うが、具体的に何を言ったのかは分からなかった。
ヨクの気配とティの気配も記憶があった。ふたりともそろって自分の顔を覗き込んではため息をついて去っていったように思う。
目を開いて自分の周囲を見回してみたが、点滴はされていなかったのでカインは身を起こした。
くたくたに疲れ果てた状態からは脱したようだが頭がまだしゃんとしない。
シャワーを浴びようとベッドから降りると一瞬ふらりと体がかしいだ。
あちこちにつかまりながらバスルームに向かい、熱い湯を浴びるとだいぶんすっきりしたような気がした。
洗いたての大きなタオルを肩にかけて濡れた髪をこすりながらソファに座って壁のモニターを開いた。
やはり外は大騒ぎのようだ。ヨクが担当に任命したスタンリーが画面に映し出されている。彼はヨ
クとそう年が変わらないだろう。もみくちゃにされながら差し出されるマイクに向かって話すこと
はすべてヨクが中心になって考えたシナリオ通りの言葉だろうが、彼の真面目そうな細面の表情で
喋られると嘘も本当のことのように聞こえてしまうから不思議だ。
一段落ついたらスタンリーには休暇をとってもらおう……。
そんなことを考えていると来客を知らせる音が聞こえた。ロックが自動で外れたのでたぶんヨクかティだろう。
予想通り、歩幅の広い聞きなれた足音が聞こえた。
「目が覚めたのか」
ヨクは入ってくるなり不機嫌そうにそう言ってカインの隣にどっかりと腰をおろし、壁のモニターに目を向けた。
「まあ、あと一週間…… いや、二週間ってとこかな、この大騒ぎも」
ヨクのつぶやきを聞きながらカインはミネラルウォーターを取りに立ち上がった。戻ってきてヨクの分も差し出すと、彼はいらない、というようにかぶりを振った。
「ユージーの様子はどうですか」
「良いとは言えないな……」
カインの問いにヨクは画面を見つめたまま答えた。無精ひげがうっすらと顎に生えている。彼はその顎を神経質そうに指でさすっていた。
「左のこめかみあたりをかすって、そのあと背中に弾が流れているらしい。昏睡状態のままだ」
カインはヨクの隣に腰掛けると無言でミネラルウォーターを口に運んだ。
「もともと体力のある男だから目が覚めさえすりゃあ復帰の可能性もあるだろうが、視神経を損傷していて、左目は失うかもしれんそうだ」
行き場のない、表現のしようのない気持ちが沸き起こる。
ユージー・カートという有能な人間の一生が一瞬のうちに変化してしまった。
カインは口を引き結ぶと手に持ったミネラルウォーターのボトルを見つめた。
「コーヒーを飲ませてもらってもいいか?」
いきなり立ち上がってそう尋ねる彼に、カインは目を向けずにうなずいた。
しばらくしてコーヒーの入ったカップを片手に戻ってきたヨクは、再びソファに座りながら口を開いた。