02-01 ノマド

「だから護衛をつけろと言ったんだ」
カインは遠くでヨクの怒っているような声を聞いた。いらいらとした様子が口調ににじみ出ている。
「すみません、おれがついていながら……」
これはアシュアだ。
誰かが動く気配がする。ふわりと空気が動いた。
ヨク、アシュアを責めないでくれ……
カインはそう言おうとしたが言葉にはならなかった。自分はまだ目が覚めていないのだと悟って目を開こうとしたが、体はまだ眠りの中だった。
「ユージーはどんな様子だ?」
再びヨクの不機嫌そうな声がした。
「命はとりとめたようです。わずかに急所を外れていたようで。ただ…… まだ昏睡状態で……」
アシュアがすぐに答えた。
(そうか、ユージーは助かったのか…… 良かった)
夢うつつの状態でカインは安堵した。
自分の背にどっと倒れてきたユージーの重みと彼の体温を持った赤い血が首筋を伝って地面に垂れ落ちていく記憶が蘇る。
あの時、一瞬途方もない喪失感を味わった。
ユージー・カートという存在がこの7年間自分にとって重要な存在であったことを思い出させた。
「犯人は分からないんだな」
ヨクの声がさっきよりも遠くで聞こえる。彼は落ち着きなく歩きまわっているようだ。
「ええ。カインは何かを感じて走っていったみたいなんだけど……」
アシュアの返答を聞いて、カインはやはり無理にでも目覚めるべきだと思った。
撃ったのは『彼』だ。
身じろぎして目を開いた。
「あ、カイン!」
ティの声がすぐ近くで聞こえた。周りがあまりにまぶしく思えてカインは目を細めた。
「まったく、この無鉄砲者! 年上の助言はちゃんと聞くもんだ!」
「ヨク、ちょっと待って……!」
ヨクが早速ベッドに走り寄って掴みかかるようにして怒鳴ったので、ティが慌てて彼の胸に手をついて押しとどめた。それでも彼女の手を振りほどこうとするヨクにとうとうティは怒った。
「外に放り出すわよ! ヨク!!」
ティの剣幕に、やっとヨクは渋面のままベッドから離れた。
「気分はどうですか? どこか痛むところは?」
カインに向き直ってティが尋ねた。心配そうに顔を覗き込む彼女の顔を見てカインは枕の上で小さくかぶりを振った。何度もまばたきを繰り返してようやくそこが自分の部屋であることに気がついた。
『彼』の顔を見てからの記憶がない。たぶんそのまま気を失ったのだ。
「アシュア…… いる?」
カインは枕の上で顔を巡らせた。
「なに」
アシュアがすぐに顔を覗き込んできた。
「『アライド』の…… 『アライド』のケイナの治療施設に…… 連絡をしてみてくれないか……」
声がまだうまく出ない。カインが肘をついて身を起こそうとするとティが慌ててそれを止めようとした。
「いい。大丈夫だから」
カインは彼女を手で制した。
「『アライド』の『ゼロ・ダリ』に? どうして?」
アシュアは少し小首をかしげて怪訝そうに尋ねた。
「ケイナだったんだ……」
「は……?」
アシュアは目を細めてカインを見た。ようやく座る姿勢にまで起き上がったとき、カインはくらりと眩暈を感じて額を押さえた。頭が重い。ティがソファからクッションを持ってくると枕の下にあてがってくれた。それに背をもたせかけてカインはアシュアの顔を見た。
「エレベーターから…… ケイナが出て来たんだ……」
それを聞いてアシュアは目を丸くした。
「見間違えじゃないんだ…… あれは、ケイナだった」
アシュアは戸惑ったようにカインを見つめ、その視線をヨクとティにも向けて再びカインに目を戻した。
「そんなことあるわけないだろ。ケイナはまだ『アライド』にいて、目が覚めてないんだぞ」
少し諭すような口調だった。
「だから…… 確認してくれ。頼むよ」
懇願するように言うカインの顔を見て、アシュアは疑わしそうな表情を浮かべた。もしかしたらカインはショックでどこかおかしくなったんじゃないかと思っているような顔だ。
「ぼくは正気だよ」
カインが言ったので、アシュアはしかたなくうなずいた。ヨクに目を向けると彼はため息をついてかすかに肩をすくめた。
「分かった。ちょっと待っていてくれ」
アシュアはそう言うと部屋を出ていった。