01-4 予感

「ちょっと待って」
カインはふと手をあげると足を止めた。耳につけた小さな通信機が何かを受信したのだろう。
壁際に寄って彼が耳元に手をやったので、ヨクも一緒に周囲の人の邪魔にならないようそれに続いた。
「ユージー。今きみの話をしていたところだ」
カインは数回まばたきをして言った。相手はどうやらユージー・カートらしい。
「『ホライズン』からの連絡をメッセージで送ったんですが……」
(ああ。昨日、聞いた)
ユージーの落ち着いた低い声はいつもと変わらなかった。
(悪いがこっちの仕事が明日の11時までかかる。そっちに戻ったときにエアポートで君と会いたいと思ってる。都合がつきそうか?)
会いたい? いったいなんだろう。カインは思ったがうなずいた。
「分かりました ……『アライド』ではどうでしたか?」
(それなんだが……)
曖昧な物言いはしないユージーがめずらしく言いよどんだ。カインは眉をひそめた。
「ケイナに何かあったんですか?」
(いや、そうじゃない。彼は順調だ ……今、まわりに誰かいるか?)
カインはヨクの顔をちらりと見あげた。カインは平均よりもかなり身長が高いほうだが、ヨクはそれよりもまだ高い。
「ヨクと一緒だけれど…… オフィスじゃないんです」
(そうか。ならいい。会ったときに話すよ)
カインはユージーの口調に何か妙なものを感じとった。何かあったのだろうか。隣のヨクが少し心配そうな顔をしてカインの顔を見つめている。
カインの声の調子に彼も何か感じ取ったらしい。
「ユージー……」
長く連絡がとれなかったのはどうしてかを聞こうとしたとき、ユージーが再び話し始めたのでカインは口をつぐんだ。
(明日の午後2時頃、183番の空路で戻る。できれば俺の個人機まで来てもらいたいんだが)
「ええ…… いいですよ。アシュアも一緒でいいですか?」
(ああ、そのほうがいいな。じゃ、明日)
ユージーはそこで一方的に切った。カインは口を引き結んだ。
「何かあったのか?」
ヨクがカインの顔を覗き込むようにして言った。カインは首を振った。
「いえ…… ケイナは順調らしいけれど…… 明日、183番の空路で戻るから個人機まで来て欲しいと」
「企業のトップがオフィスでもホテルでもなく、個人機の一室で密談かい? 穏やかじゃないな」
ヨクは険しい顔をした。
「いったいなんなんだ? 護衛はついているのか」
「ユージーは数人くらいつけているでしょう。ぼくはアシュアと同行するから心配はいらないですよ」
「カイン」
ヨクは一瞬口を引き結んだあと言った。
「常々思っているんだが、君は外に出るときに防弾服を身につけておいたほうがいいぞ。前にも……」
「何度も言ってるけれど、ぼくは“ビート”の訓練を受けてるんです。ええ、もちろんつけますよ。分かってます」
言い募ろうとするヨクをさえぎってカインは言った。そしてため息をついて壁にもたれかかった。
ユージーとの会話でさらに気持ちがざわめいている。
「……なんだか…… 治安は前より悪くなったような気がするな…… リィ・カンパニーの転落は貧富の差を増大させただけだったんでしょうか。余波がほかの企業にまで影響を及ぼしているとか?」
「来るべき未来が今来ているというだけの話だよ」
ヨクは言った。
「永遠の繁栄などあり得ない。カンパニーは遅かれ早かれ縮小する運命だった。ミズ・リィの時代
ですでに限界だったんだ。前にも言っただろう?」
カインはヨクの顔を見て目を伏せた。
そうだ。
トゥの時代までのカンパニーの在り方が異常だったのだ。
カインはふと、もしかしたらトゥはこういう時代が来ると察知して、自分に“ビート”の訓練を受けさせたのかもしれないと思った。
自分にとっては不必要なほど戦闘力を身につける訓練だった。『自分の身は自分で守る』。そういう時が来るかもしれないと彼女は考えたのだろうか。
「くよくよ考えるな。今の君には君が考えるべきことがあるはずだ。これからのカンパニーの在り方と、そして“彼女”と“彼”のこと」
カインはヨクの顔を見上げた。ヨクの目にいつもの笑い皺が刻まれていた。
この目を見ると、いつもそのとき感じている不安が和らぐ。
「どんな立場でどんな状態であっても優先すべきことはある。俺はそう思うよ。とりあえず今はメシだな。さあ、めしを食いに行こう。さっさと食って、さっさと書類を作ってもらわなきゃ」
ヨクの手に押され、カインは促されるままに歩きだした。