01-2 予感

 ヨクはカインが社長に就任したときからずっとそばでカインの補佐をしてくれている。
彼の父親も、そのまた父親もリィ・カンパニーに幹部として在籍していた。
いつも笑っているような黒い瞳と浅黒い肌、大柄でがっちりした体つきは今でもよくオフィスにやってくるカインにとっての大切な友人、アシュアの雰囲気によく似ている。
 ヨクというのは漢字で「翼(つばさ)」と書くのだそうだ。カインは漢字を使うことはないが、ヨクを見ている限りでは彼に合う翼は白い羽よりは鷹かコンドルのそれのような気がする。
勇壮で高いところから鋭く下界を見下ろす猛禽類。ヨクの黒い瞳は優しい光の奥にいつも厳しい色が隠れている。
彼はその険しさをあまり表に出すことはなかったが、心の中ではカインは彼に絶大な信頼感と愛情を持っていた。彼の発する言葉のひとつひとつは自分より遥かに先を見越したことであることがよくあるのだ。
そう、自分はまだあやふやな自分の能力に頼って判断してしまう。
父から譲り受けた「見える力」。
『アライド』という星の住人だった会ったこともない父だって純粋な『アライド』の人間ではない。
もうその能力はあまり正確なものではなかっただろう。遺伝的には自分はさらに能力としては退化しているはずだ。それでもつい「見えたもの」、つまり「直感」に頼ってしまう。
ヨクはそんなカインの歯止めでもあった。彼がいなければ、右も左も分からないままで大きな企業を背負うことになってしまったカインは自分に課せられた責任をまっとうすることはできなかっただろう。
 トゥ・リィが社長の座から退く時、後任はヨクに、という話がなかったわけではない。
あって当然だった。カインもそう思った。年齢もトゥとそう違わなかっただろう。しかしヨクはそれを突っぱねた。カインが社長に就任しないのであれば、自分は社を辞めるとさえ言ったらしい。
その真意は誰にも分からなかった。カインも何度かヨクに尋ねてみたことがあるが、いつもうまい具合にはぐらかされてしまう。
「昼メシ食いに行こう」
ヨクは再び言った。
「飢え死にするぞ。どうせ夜もまともに食べやしないんだろ?」
「お腹が空いているのはあなたでしょう。ひとりで食べに行ってください」
カインはキイを弾きながらヨクに言った。ヨクはにやにやしながらカインを見た。
「意地でも連れて行けってティに言われたよ」
カインはそれを聞いて顔をあげると不機嫌そうに口をゆがめた。
「明日は『ホライズン』に行きます。今日中に社長方針の書類一式が欲しいって言ったのはあなたですよ」
言葉の最後のほうでは、非難するように思わず彼に指を向けていた。ヨクは肩をすくめてジャケットの胸ポケットからタバコを取り出した。
「いよいよ“彼女”が目覚める…… か……?」
かちりと煙草に火をつける音が聞こえる。
「いや」
カインは再び仕事を続けながら答えた。
「明日行ったからって、すぐ覚醒するわけじゃないでしょう。でも、ちょうどアシュアもこっちに来るそうだから…… タイミングが合うんなら彼も一緒に行ったほうがいいし、ユージーにも連絡をとらないといけない」
カインはそこまで言って手を止めると視線をめぐらせた。
「……彼はまだこっちに帰って来ていないかな」
「ユージー・カートはまだ『コリュボス』だ。たぶん今日いっぱい『ライン』の特別講師をやってるんじゃないかな」
ヨクは紫煙を吐き出しながらのんびりした調子で答えた。
「忙しいのによく続くもんだね、彼も。『講師』なんてするガラにはとても見えないが」
カインはそれを聞いて苦笑した。
「ユージーは最高の『教師』ですよ。ぼくは彼くらい懇切丁寧にものを教える人間はいないと思ってる」
「先生、という雰囲気からすると、きみのほうが合ってそうだぞ?」
ヨクは遠くからカインの顔を覗き込むような目を向けた。カインはさすがに小さく声をたてて笑った。
「アシュアがそれを聞いたらひっくり返るだろうな。ぼくは『ライン』でそんなに評判のいいほうじゃなかった ……コリュボスの『ライン』は彼の父親のカート司令官が大切にしていた機関だから、ユージーも思い入れがあるんでしょう」
カインはそこで椅子の背もたれにもたれかかると顔を上に向けて大きくため息をついた。
「ヨク、あなたがそこにいると仕事にならないよ」
「おれのせいにするのはどうだかね。さあ、めしを食いに行こう」
待ってましたと言わんばかりに煙草を灰皿に押し付けて言うヨクの言葉にカインはしかたなく立ち上がった。

「『彼女』は別に『ノマド』に預けなくても、『ホライズン』で治療をしたほうが万全だと思うが」
社員用のレストランに向かうフロアをカインと並んで歩きながらヨクは言った。
彼の言葉にカインは頷く。
「もちろん『ホライズン』のプロに任せれば治療は完璧かもしれない。でも、必要なのは消えた記憶を取り戻して一日も早く普通の生活が営めるようにすることだし……」
ふと言葉を切ったカインの横顔にヨクは目を向けた。わずかに伏せられた切れ長の彼の目にかすかな不安の色が見える。
「『ノマド』だとアシュアやリアがいる。彼らに任せたほうがぼくも安心なんです ……それに、ケイナもいずれ『ノマド』に来るはずだ」
ヨクはカインから目を離すと肩をすくめた。
「でも、『アライド』にいるケイナの情報は入ってきてないんだろ?」
カインはそれを聞いて息を吐く。
「ユージーが報告を受けているはずなんですが……」
そして少し顔をゆがめた。一番初めにユージーから聞かされた言葉が蘇る。
『ケイナはたぶん右腕を失うことになると思う。それと右目と左足も。あっちの技術なら優れた義手義足もつけられる。それを使えば日常生活はいつもどおりだということだった。ただ、なんにしても覚醒まで導かないことにはね……』

Toy child2 – Remember your hand
01-1 予感