01-10 予感

「まさかご子息の声に反応するとは思いませんでしたよ」
部屋のドアを抜けながら嬉しそうにドアーズは言った。
ドアーズはトゥの時代からホライズンにいるため、カインのことをいまだに『ご子息』と呼ぶ。カインはその呼称が嫌いだったが、今はそんなことを考える余裕もなかった。
「こんなことならもっと早くから定期的にあなたの声を聞かせてやるんでしたね」
カインは緩くかぶりを振った。こんな痛みを伴う意識下のコンタクトなんて何度も味わいたくはない。
アシュアは真っ赤になったカインの目をそっと見やった。カインは何かを見たのだ。『見た』あとのカインはいつも少なからず体力を消耗している。久しくそうした機会がなかったから、もしかしたら相当ダメージを受けているのかもしれない。
そう思ったアシュアは強引にドアーズとカインの間に割り込んだ。
「悪いけど、社長はこのあと予定があるからこれで失礼させてもらうよ。また何かあったら連絡くれるだろ?」
「もちろんです」
ドアーズはアシュアを見上げて答えた。
「定期的に連絡はさせていただきますが、何か動きがあれば直通でお知らせしますので」
「じゃあ、頼むよ。こっちの受け入れ体制はまた説明しに来るから」
アシュアはカインの肩を抱きかかえるようにしてそそくさとドアーズに背を向け大急ぎでその場を離れた。ドアーズがかすかに不審そうな目を向けていることは分かっていたが無視した。
ドアーズの姿が見えなくなったところでカインはよろめくように壁に寄りかかり、そのままずるずると座り込んでしまった。
「しっかりしろよ、大丈夫か」
アシュアはびっくりしてカインの顔を覗き込んだ。
「びっくりした……」
カインはため息をついて、アシュアに無理につくったような笑みを見せた。
「久しぶりだとこんなに負担になるんだな……」
「何か見えたのか?」
「よく分からないんだ……」
カインは目を押さえてつぶやいた。
「ケイナに会えと言われた……」
「ケイナに? 誰に?」
「セレスに」
アシュアは呆然としてカインを見つめた。
「ち、ちょっと、とにかくプラニカまで戻ろう……」
アシュアはカインを抱きかかえるようにして立ち上がらせた。『見える』力が体に負担をかける。
『アライド』の血の早い老いの原因はこのせいじゃないだろうか。カインを支えて歩きながらアシュアは思った。厄介なのはこの力は自分では全くコントロールがきかない点だ。
プラニカの座席に座らせるとカインはまだ憔悴しきった様子だった。だるそうに目を閉じ、うつむいて額に手を当てている。
「ユージーとの約束にはまだ時間がある。どこかで休んでいくか」
アシュアが運転席に座りながらそう言うと、カインはかぶりを振った。
「休んだところで10分20分だろ…… エアポートに向かおう……」
「でも、そんな状態じゃ……」
「大丈夫だよ」
カインは顔をあげると数回瞬きをして背を伸ばした。
「久しぶりだから驚いただけだ。セレスが目覚めたら、また何度かこういうことがあるのかもしれないな。そのうち慣れるよ」
アシュアは返す言葉が見つからなかった。
走り出したプラニカの中でしばらく沈黙が続いたあと、カインが少しかすれた声で口を開いた。
「アシュア、今そっちのほうはどうなっている?」
アシュアはちらりとカインに目を向けた。無理をしないで黙ってりゃいいのにと思ったが、それでも返事をした。
「今、サウスドームの西の端の森に拠点を置いているんだ。あそこは一番大きい森だし、何より気温や気圧が安定している。たぶん相当長い期間あそこにいることになるだろうと思うよ」
サウスドームは確かに安定している場所だ。何よりもカインのいるオフィスにそう遠くない。アシュアたちがそこに拠点を移したのは、どちらかといえばカインのことを考えてのうえだろうということは容易に察しがついた。
アシュアは遊牧民『ノマド』で生まれ育った女性、リアと結婚したが、子供たちがある程度大きくなるまでという条件を自分で作って、リアと共に『ノマド』のコミュニティに留まっていた。
双子のダイとブランが4歳になった時から時々カインの補佐を努めている。アシュアの望みはカインのそばでずっと一緒に仕事がしたい、ということのようだったが、カインはそれを突っぱねた。
アシュアが『ノマド』にいることは『ノマド』とコンタクトをとりやすくなるという利点があったし、何よりアシュアがカンパニーの仕事をするとなったとき、リアや子供たちが一緒にこちらに来るとは考えにくいからだった。リア自身はその決心はついていると言っていたが、生まれたときからず
っと『ノマド』で暮らしてきた彼女がこちらの世界に馴染むにはかなりの努力が必要だろう。そういう負担はかけたくなかった。
「リンクと、あとひとり、フラワーって女性が時々『ホライズン』や『アライド』のほうからレクチャー受けているって話は前にしただろ?」
「……うん……」
カインはうなずいた。
「あのふたりがセレスとケイナの治療を主に担うことになると思う。必要な機材ももう搬入されている。子供らもだいぶん大きくなったから、日常的なことはリアが受け持つよ。というかさ、あいつ張り切りまくってる」
アシュアの言葉にカインは少し笑った。リアの有頂天ぶりが目に見えるようだ。
リアは感情表現がストレートだ。彼女には7年前に亡くなった双子の兄がいたが、同じ双子でも全く性格が違った。リアはなんでも本音そのままでぶつかってくるタイプだが、兄のトリは逆に真意の分からない言葉を連ねることが多かった。彼は予見の力を持つという『夢見』という立場であっ
たからかもしれない。