32-2 エピローグ

「運転手をつけなくていいんですか?」
部屋を出て行こうとするカインにティは言った。
愛らしいくるりとした褐色の目が少し心配そうに見つめている。
「大丈夫だよ」
カインは笑った。
「プラニカの運転はもう慣れた」
トウの時代のようにカインは運転手をつけなかった。
自分でできることは自分でする。そう考えていた。
ティは手を振るカインを笑みを浮かべて見送った。
カンパニーの塔は以前と変わらずあったが、半分は他社に部屋を貸した。
ほかの会社と共同でビルを使うことで、閉塞気味だったリィのイメージを払拭した。
前よりは活気が出たかもしれない。上のフロアの数階分はカート関連の会社が入っている。
市場の分裂はいっとき混乱を招いたが、それもわずかの時間で回復した。
「カインさん!」
いつものようにエントランスを突っ切ろうとして、カインは自分を呼ぶ声に足を止めた。
「ジュディ、どうしたんだ。今からそっちに行くつもりだったのに」
カインは駆け寄ってくるジュディの顔をびっくりして見た。
「迎えに来たんです。待ちきれなくて」
カインは思わず笑った。
「大事なクライアントですから。これくらいは」
ジュディは笑みを見せるとカインを自分のプラニカに促した。
「せっかく直したのに、乗ってくれないかと思いましたよ」
カインを助手席に押し込んで、運転席に乗り込みながらジュディは言った。
「こっちも修理が手間取ったってのもあるんだけど」
「頼んでいたのに申し訳なかった。いろいろあって時間がとれなかったんだ……」
「もう、立派に社長さんですね」
ジュディはプラニカを発進させて言った。
「今でも不安まみれだよ。分からないことが多すぎて。毎日頭がパンクしそうだ」
カインは答えた。
「おととい、トニ・メニと会ったんです」
ジュディは言った。カインは彼に顔を向けた。
「アル・コンプとトニ・メニは次の試験くらいでハイライン最後の年にあがれるみたいですよ」
「そうか…… 頑張ったんだな」
カインはつぶやいた。彼らにももう長く会っていない。あのあと一度だけふたりには会った。
セレスとケイナのことを聞いてふたりとも泣き崩れた。立ち直ってくれるだろうかと心配したが……。
「アルもトニも修了後はリィ・カンパニーへの配属を希望するらしいですよ」
ジュディはカインを見て笑みを見せた。
「約束したからって」
「…………」
カインはうなずくと、ジュディから顔をそらせて窓の外に目を向けた。
セレスを助けてやれなかったことに恨みを持たれてもおかしくないのに。
それでもぼくに力を貸してくれると言うのか……。
「着いたらすぐに発進できますから」
眼下に見えたエアポートに目を向けてジュディは言った。

「西にあるドームで整備と燃料チェックをして待機してます。帰るときにはまた呼んでください」
『人の島』に着陸したあとジュディは言った。カインはうなずいて、持って来た防寒着をとりあげた。夏の終わりとはいえ、気温はもう5度以下だ。
「ありがとう。感謝するよ」
差し出したカインの手を、ジュディは嬉しそうに握り返した。
「結果…… ぼくにも教えてくださいね」
ためらいがちに言うジュディにカインはかすかに笑みを浮かべてみせた。
「分かった」
ジュディには何も話していなかったが、きっとトニとコンタクトしたときにいろいろ聞いたのだろう。それ以上に自分に直接聞いて来ないのは彼の社会勉強の賜物かもしれない。
船を降りると、ジュディはすぐに飛び立っていった。
カインは1キロほど先で作業している様子をしばらく見つめ、停泊している黒い軍機に近づいていった。しばらく歩くとユージーが降りて来るのが見えた。
「えらく年代物に乗って来たんだな」
ユージーはカインに手を差し出して笑いながら言った。
「手段がないなら迎えに行かせたのに」
「あの船に乗って来たかったんだ」
カインはユージーの手を握り返して答えた。ユージーは再び笑った。
彼は相変わらず黒い髪を伸ばして肩に垂らしている。カインのように組織のトップに立ったからといってスーツを着る気はないらしい。昔から好んで着ていた軍仕様の黒づくめの姿だった。
「痩せたな」
軍機に促しながらそう言うユージーにカインはうなずいて笑った。
「痩せもするさ。毎日戦争みたいだよ。重役からはどやされるしね」
「それはこっちも同じだよ。それでも、今そっちにいる人たちは元からリィにいて、リィに残ることを決意した人たちだ。新しい社長にしっかりしてもらおうと必死なんだろ」
カインはうなずいてユージーから目をそらせた。こんなふうに彼と話すことがあるなど思ってもみなかった。
「あとでまた詳しく言うつもりなんだが……」
ユージーは軍機の扉に手をかけて言った。
「出資の関係で慌ただしく業務分離してしまったんだが、もう一度見直しをしたほうがいいと思ってるんだ」
「見直し?」
カインは目を細めてユージーを見た。
「得意分野の違いだよ。リィは医学や科学の方面が基盤になってる。カートは運輸や建設技術なんかのハード系なんだ。それと軍関係。おやじも経営のことより軍関係の仕事にシフトしてた。おれもそっちのほうが性に合ってるんだ。医療施設や研究所の運営に長けてる人材はそっちに残ってしまってる」
ユージーはカインの顔を見た。
「そのあたりを鑑みてもう一度見直しをしたほうがいいとおれは思うんだ。場合によっては提携でもいい。そっちの子会社に移行させる決心もついてるよ」
そう言って軍機に入るユージーのあとにカインは続いた。
数人乗りでない軍機の中に入るのはカインは初めてだった。かなり広い。ユージーはドアの閉まった部屋の前で立ち止まった。
「ちょっと会わせたい人がいる」
「え?」
かすかに思わせぶりな笑みを浮かべるユージーの顔をカインは怪訝そうに見た。そして彼が開いて促すドアの向こうに足を踏み入れて、そのまま立ちすくんだ。