31-9 クローズ・アイズ

「だめだ。びくともしない」
ハルドは額を拭った。防護壁は手ではどうすることもできなかった。後ろも前も壁で区切られている。
「ケイナたちは奥に向かってます」
ユージーは腕のナビを見て言った。
「こいつが邪魔してるみたいで通信が飛ばない。繋がれば待ってろと言うんだが……」
いまいましげに防護壁を蹴るユージーにハルドは目を向けた。
「ケイナの足が気になる。相当傷めてるんじゃないかと思うんだ」
ユージーはうなずいた。
「さっきの動きでまた傷めた可能性もある……」
「小型爆弾はあといくつだ?」
ハルドの言葉にユージーはナビを見てかぶりを振った。
「出口までの防護壁は3つ。奥までは4つ。爆薬の数は足りても酸素がもたない。いったん外に出て軍機からコの字の凹みの部分に小型のミサイルを撃ち込めば、施設はふたつに分かれる。それが一番速い方法だと思います」
ハルドはそれを聞いて口を引き結んだ。
「一歩間違えば全部吹っ飛ぶ」
「酸素の残りを考えると…… あなたしかできない」
ユージーは答えた。ハルドは息を吐いた。
「積んでるミサイルの型は?」
「SS-52型です」
破壊力抜群じゃないか。ハルドは顔をしかめた。ユージーは本気で全部をぶち壊すつもりだったらしい。この破壊力を半減して撃つのは相当技術がいる。
「迷ってる暇はないな」
しかたなくハルドは言った。ユージーはうなずくと、壁を破壊するために身をかがめた。

「何をしているの?」
リアは円陣を組んでいる夢見たちに声をかけた。
「しっ……」
夢見のひとりが指をたててみせた。
「大事なこと」
「大事なこと?」
リアは目を細めた。エリドのコミュニティは夢見がとても多いけれど、こんなことをしている姿はこれまで見たことがなかった。
「いろんなところにいる仲間も今こうしているよ」
「何なの? 大事なことって……」
「星に声をかけている」
「…………」
それを聞いてもリアには分からなかった。星に声をかけるの? なに、それ……。
それきり何も教えてくれなくなったので、リアは諦めてテントに戻った。
「アシュア……」
眠るアシュアの手をとった。
「みんなが変なの。わたし、分からないわ」
「……ナ……」
アシュアの口がわずかに動いた。リアはびっくりしてアシュアを見た。
「アシュア、わたしよ、分かる? ねえ、起きて、リアよ」
「おれ…… の…… ち……」
握った手にかすかに力が入った。
「アシュア! ねえ!起きて!」
リアは思わず彼の手を握り返して叫んだ。
「ひと……」
「アシュア……」
リアはアシュアの目から流れる涙を呆然として見つめた。そしてテントの外を振り返った。
なんだろう。気持ちがざわめく。いったい何が起こってるの? 何が始まろうとしているの?

――  リア。アシュアの手をしっかり握ってろ。彼を向こうに行かせるな  ――

トリの声が聞こえたような気がした。
「トリ、何をしているの?」

―― 星に頼んでる ――

「何を? 何を頼んでるの? アシュアのことなの?」
しかし答えはなかった。
「それとも…… ケイナたちのことなの……?」
リアは手を伸ばしてアシュアの涙を拭った。

「わたしは『おとうさん』を眠らせてあげたの」
目の前の『ケイナ』が腕を突き出すのを見てセレスはぎょっとした。おれの剣……! いつの間に。
彼女はさっき抱きついたときにセレスの腰から抜き取ったらしい剣の柄を握っていた。ケイナがかすかに舌打ちをした。
「うるさいなあ……」
『ケイナ』は眉をひそめると、剣の柄を持っていないほうの手の甲で額を押さえた。
「頭の中で話しかけないで……」
彼女はかぶりを振った。
「だって、『おとうさん』がいるのよ。『おとうさん』はいちゃいけないでしょう?」
「お兄さん、助けてよ。わたし、こんなことしたくないの」
「『おとうさん』はだめよ。『おとうさん』は……」
まるでひとりで二役をしているように話す彼女の姿をケイナとセレスは見つめた。
「誰としゃべってるの?」
小声で言うセレスにケイナは首を振った。
「知るかよ……」
「わたしに話しかけないで!」
『ケイナ』は叫んだ。
(『ケイナ』、きみはもう誰も殺す必要なんかない。剣を捨てるんだ)
彼女の頭の中に呼び掛けるカインは必死だった。
(目の前にいるのはきみの『おとうさん』じゃない)
「じゃあ、わたしは誰が眠らせてくれるの」
『ケイナ』は言った。
「『おとうさん』は言ったのよ。私の下は誰?」
彼女はケイナを見た。
「あなたじゃないの。早く役目を果たしてよ!」
「つ……!」
振り上げられた彼女の剣の切っ先をケイナは慌てて自分の剣で受けた。
細い腕からは想像もつかない衝撃が伝わってきた。
まずい…… ノマドの剣が彼女の力以上の威力を発揮してる。
彼女が非力でも剣が勝手に力を作っている。
(『ケイナ』! やめろ! そんなことしている時間はないんだ!)
「話しかけないでって言ってるじゃない!」
頭の中のカインの声に『ケイナ』は怒鳴り返した。
再び振り上げられた剣を避けようとしてケイナは顔をそらせた。
「セレス、どいてろ!」
ケイナの顔が険しくなり、次の瞬間にはセレスはケイナに突き飛ばされて部屋の隅に吹っ飛んでいた。
どうして? なんでこの子とケイナが戦わなくちゃならないの? どうやって止めればいい?
セレスは激しく剣を打ち合わせるふたりを呆然として見つめた。
見つめているうちに妙な感覚に襲われた。彼女の姿が自分に見える。
そしてその感覚はケイナも感じていた。動きがセレスと全く同じだ。手加減なんかできない……。何より彼女は本能的にケイナが左足を傷めていることを悟っていた。防御しづらい左ばかりを狙ってくる。
ケイナは剣を左手に持ち替えた。左足に重心を変えた途端に鋭い痛みが響く。
でも…… この場面はどこかでやったことないか?
そう、ノマドの中で。リアに見せるためにセレスと手合わせした。
あのときはセレスの頬を傷つけて戦意を失った。
セレスを傷つけたくない。傷つけたくない。目の前の同じ顔をした少女……
『ケイナ』の持つ剣の切っ先が思うように動けないケイナの腕をかすっていった。その瞬間、ケイナの目が怒りを帯びた。
「彼女以外の音声を受信することはできないんですか!」
画面を見据えながらカインは怒鳴った。
「無理です! 音声装置も全部ダウンしたままなんです!」
怒鳴り返す声が聞こえた。
「ウィルスがしつこい!」
カインは口を引き結んだ。
「ケイナ!!」
セレスが叫んだとき、ケイナは彼女の剣を弾き飛ばして床に組み伏せた彼女の首に剣の切っ先をつきつけていた。セレスは剣の柄が自分の目の前に床の上を滑ってくるのを見た。
「憎いでしょう?」
セレスと同じ顔をした『ケイナ』は言った。
「ずっとこうしたかったはずじゃない。どうしてしなかったの……」
ケイナは息をきらして彼女の首元に剣をつきつけたまま、かすかにかぶりを振った。
この光景も前に見た。森で。セレスを組み伏せて殺そうとした。
左足が痛む。ずっと脈打つような痛みが響いている。
この痛みが自分の正気を続かせてくれることを願った。
「わたし、『ケイナ』よ。『ケイナ』は『おとうさん』を殺したい。『おとうさん』はあのひと、同じ顔の私もあなたより上」
床の上で彼女はセレスを指差した。
「やめろ……」
ケイナは呻いた。
見ない。絶対彼女の指の先を見ない。見れば混乱する。
自分と同じ名前の彼女、彼女と同じ顔のセレス。
「わたしを助けてよ……」
『ケイナ』はつぶやいた。
「もう、解放して……」
カインは必死になっていた。どうすればいい。この状況をどう脱すればいい。
「このままケイナ・カートが彼女を殺せばいい。力なら圧倒的差だ」
バッカードが言った。
「ケイナに人殺しがさせられるか!」
カインは怒鳴った。
「それにこっちの声が彼らに届かないのに、伝えられるわけがないだろう! ボロな設備使いやがって……!」
「それはそっちの責任でしょう!」
怒鳴り返すバッカードからカインはいまいましげに目を放した。こんな低俗な言い争いをしている時間はない。
「タイムリミットまであとどれくらいです!」
「45分です!」
カインの声に誰かが叫んだ。45分……。カインは唇を噛んだ。
「あの人は…… 『おとうさん』……」
『ケイナ』はセレスを指差した。
「『おとうさん』…… だめだよ…… もう、眠らなきゃ……」
カインは彼女の声の異変に気づいてはっとした。暗示じみてないか?
セレスは自分を見つめる少女を見た。
頭の中が氷のように冷たい。彼女の目、おれの目だ……。
「剣を拾って……」
ケイナが顔をあげた。
「死ね」
(『ケイナ』!)
「セレス! だめだっ!」
カインが彼女に叫ぶのと、ケイナが彼女から身を放して剣の柄を拾おうとするセレスに飛びかかろうとしたのが同時だった。
しかしケイナの左足は急激にかかった体重を支えてくれなかった。
床に倒れたケイナが顔をあげると、剣の柄を掴んだまま呆然と立ち尽くしているセレスの姿が目に入った。
「セレス、だめだ。彼女の声に惑わされるな!」
痛む足に耐えながらケイナは言った。
「ケイナ…… おれに死んで欲しいの……?」
セレスは剣の柄を見つめてつぶやいた。
「そうよ」
『ケイナ』が答えた。
「黙ってろ!」
ケイナは大声をあげて立ち上がると剣を振り上げた。
セレスが自分に突き立てようとしていた剣はすんでのところで弾き飛ばされたが、切っ先はセレスの頬をかすっていった。
その飛び散った血と激しい足の痛みにケイナは彼女が後ろで再び剣を拾ったことに気づかなかった。
彼女が剣を振り上げたことを知ったときにはセレスを抱いて自分の体でかばう余裕しかなかった。