31-6 クローズ・アイズ

 建物の入り口はさほど頑丈な造りではなかった。
ユージーが小さな爆薬をセットすると、いとも簡単に吹っ飛んだ。
「セキュリティロックが解除されたとはいえ、あっけないな……」
ハルドが呆れたように壊れた鉄の枠を見て言った。
「今頃ホライズンは大騒ぎだな。こっちの姿が分からなくなってるだけでも充分だよ」
そうつぶやいて中に足を踏み入れるユージーのあとに3人は続いた。
「真っ暗だ……」
セレスは不安そうにつぶやいてケイナの腕を掴んだ。
建物の中はぼんやりとした薄明かりのみで、まともな照明がなかった。
赤い非常灯だけが嫌な雰囲気を作っている。素っ気無い白い壁と床が無気味に赤く光っていた。
「人がいないから普段は明かりをつける必要がないんだよ」
ハルドが言った。
「コンピューターが動かなくなったから照明が消えたわけじゃないの?」
セレスが兄のほうを見た。
「主照明はもともとないみたいだな。全部がダウンしたらこっちが困るから、一部は感染を残してるけれど、そのうち非常灯も消えるよ」
ハルドが暗がりの中で目を細めて上を見上げて答えた。
「いよいよ真っ暗になる前になんとかカタをつけないとな」
「ナビ、機能してるか?」
ユージーの言葉にケイナは腕のバングルを見た。来る前にユージーが建物の平面図を入力した。赤い点が4つ見える。
「見えてる」
ケイナは答えた。
 氷の下の建物はコの字をしていた。
東側にいくつか部屋が並んでいる。順番に見ていくつもりだった。
北西の一番奥の部屋までいけば、そこの角から対角線上に入り口まで戻る道もある。万が一4人がはぐれてもさほど複雑な構造をしている建物でもないし、腕につけたナビがあればどこにいるかは分かった。建物の中は外よりも少し暖かかったが、空調の音がしないので、ここもすぐに冷えて来るだろう。空調が止まったということは酸素も少なくなっていくということだ。そんなに時間は使えない。
「フォル・カートがちょっと気になることを言ってた」
歩きながらハルドが言った。
「この建物の下に断層があるんだそうだ」
「断層?」
暗がりの中の兄の姿を探しながらセレスが言った。
「活断層みたいなんだけど、ずいぶん長い間地層変化はないから、今すぐ動くというわけじゃない。ただ、一定周期で少しエネルギーが出てるみたいだ」
「一番最初に見た一定周波の微弱な信号はそれだったのかな……」
ケイナがつぶやいた。
「なんか、ちょっと気になってた……」
「そうだな」
ハルドが答えた。
「エネルギーが出てると何か問題があるの?」
セレスは兄の顔を見上げて言った。
「いつかは地震が起こる可能性があるっていうことだよ。フォル・カートのほうのコンピューターだと、20年か30年のうちに大きな地震が起こる可能性があると言ってた。確率はけっこう高い」
「地震……」
兄の言わんとすることが分からない。セレスが質問する言葉も見つけられずに黙り込むと、ユージーが口を挟んだ。
「70年前の建物じゃあ、揺れによっちゃあ、もたないかもしれないってことだよ」
「崩れちゃうの?」
セレスは目を丸くして言った。
「地震が起こって、このままの老朽化状態ならいくらなんでも無理だろう」
「あと20年もこのプロジェクトはもたないと思っていたのかもしれない……」
ケイナがつぶやいた。
「カイン・リィが継がなきゃな……」
ユージーが言った。
「トウ・リィの寿命が、あと20年もないってことだ。カイン・リィが放棄すればこの建物はそのうち朽ち果てるか、もしくは地震で崩れて永遠に氷の下に埋もれる運命だ」
「じゃあ、おれたちが壊さなくても……」
「カイン・リィは生きているんだよ。彼が続けないという保証はない」
ユージーの声が響いたが、セレスはかぶりを振った。
「カインはやらないよ」
しかし、それには誰も答えなかった。
カインはそんなことする人じゃないよ……
セレスは口を引き結んで心の中でもう一度つぶやいた。
 暗い廊下の片側に並ぶ部屋はどれも簡易なドアで隔てられていて、力をこめれば簡単にこじあけられるようなしろものばかりだった。
「氷の下までわざわざ誰も来ないっていっても、70年前はこんなにちゃちなものだったのかな……」
左右に開いたドアを見てユージーはつぶやいた。
「そんなに大っぴらに予算が使えるようなことでもなかったんだろう。トイ・チャイルド・プロジェクトはたぶんリィの財源上は隠し部分を使ってるだろうし……」
ハルドが答えた。ケイナは終止無言のままだ。
部屋の中は暗かったが、ユージーはかろうじて見える中の様子を小さな暗視カメラで撮影しデータが保存されていそうなコンピューター類を見つけたときはケイナとハルドが片っ端から壊していった。
セレスはそのどちらも気がすすまなかった。破壊的な行動はしたくなかった。
でも、残されるのも嫌だった。部屋に入っていくたび気が重くなっていく。
もう、やめて帰りたい…… そんな思いが頭をよぎった。
でも、あの子に会わなくちゃならない。
会ったらどうなるだろう。
下が上。それが気になった。
 いくつかの部屋に入り同じ行動を繰り返したのち、ひとつの部屋の中で全員が立ち竦んだ。
大きな一枚ガラスに隔てられた向こうの壁にずらりと細い銀色の棒が並べられている。天井から床までびっしりと、ドアのある壁以外の三方の壁が埋め尽くされていた。
近づいてみるとひとつひとつの棒は試験管のような形をしていて、太さも小指ほどしかない。
小さなプレートが埋め込まれていたがガラス越しでは何が書いてあるか赤い小さな光だけでは読めなかった。
「壊すぞ。離れてろ」
ハルドが言ったので、ぼうっと立ちすくんでいたセレスの腕をケイナが慌てて掴んだ。
彼に引き寄せられた途端に大きなガラスが粉々に砕ける音が響いた。
「うわ……!」
セレスは思わず耳を押さえた。顔をあげたときにはみんながガラスの破片を踏み分けて奥に入っていた。
ヒヤリとした空気が頬に触れた。ガラスの向こうはずっと気温が低かったらしい。
「足、気をつけろ」
ユージーがセレスに言った。
ケイナが壁にはめ込まれた一本の棒を掴んで見ていたのでセレスもこわごわ顔を近づけた。
「2×××…… 10…… 2」
プレートには小さな数字が刻まれていた。顔をめぐらせるとどれにも同じように数字がある。 日付けか何かだろうか。
「ハルドさん……」
ケイナが言った。
「すみません。セレスを外に連れて出てもらっていいですか」
「え?」
思わず振り向いたときにはハルドに腕を掴まれていた。部屋の外に引きずられながらセレスはユージーがケイナに自分の銃を渡すのを見た。
「いったいどうしたの」
兄の顔を見上げたが、ハルドは厳しい表情のまま何も言わない。
しばらくして何発も銃が発射される音を聞いた。
壊してる? あの銀色の棒を? どうして?
そしてやっと理解した。あれはケイナが一番葬りたかったものなんだ……
自分のかけら。そしてもしかしたら…… おれが生まれる前のかけら。
ノマドのテントで見たうごめく立方体の本体がここにある。
「ケイナ」
ユージーはいつまでたっても銃を発射する手を止めないケイナの後ろから声をかけた。
「もう全部壊れたよ」
ケイナの手はそれでも止まらなかった。
ユージーは息を吐くと、ケイナの腕を掴んだ。
「やめろ。エネルギーの無駄使いすんな」
ケイナはようやく撃つのをやめ、手をおろした。
「大丈夫か」
ユージーは気づかわしげにケイナの顔を見た。
ケイナは粉々に砕けて床に散らばる銀色の山を見つめている。その横顔には何の表情も現れていない。
「兄さん……」
ユージーは目を細めた。ケイナが自分のことを『兄さん』と呼ぶことは滅多にない。
「ずうっとこうすることがおれの望みだったけど、こんなものなのかな…… こんなに空しくなるとは思わなかった」
「うん……」
ユージーはうなずいてケイナの手から銃を取った。
「おれ、ここにいるの、間違いじゃないよな……」
ケイナは兄が銃をとりあげても身動きもしなかった。
「弟の存在を間違いだなんて思ったことは一度もないよ」
思わず顔を向けるとユージーは幽かに笑っていた。
「行こうか。さっさと終わらせて、熱いシャワーを浴びて明日のために乾杯する」
ユージーはそう言ってケイナの頭に手を伸ばし、その髪を掴むようにして撫でると部屋を出た。
幼いとき、ユージーはこんなふうにして自分の頭を撫でたことがあった。
忘れていたことがたくさんある。
もう一度、あの時間に還れるだろうか。今度はおとなになった兄弟として。
ケイナは再びちらりと崩れた銀色の山を見て部屋をあとにした。
 部屋を出てすぐに、ケイナが緊張した面持ちになった。
「何の音?」
「音?」
ユージーが耳を澄ますような表情をした。
「何も聞こえないぞ」
「聞こえるよ」
セレスも言った。
「後ろから音が近づいてくるよ」
その言葉のときにはハルドとユージーにも聞こえていた。
次はここだ!
セレス以外の者がそう悟ったとき、セレスはケイナが自分の腕を引っ張っるのを感じた。途端に大きな扉が廊下を横切って締まった。
「走れ!」
ケイナが怒鳴った。
「早く!!」
いくつか締まりかける扉を潜り抜けて最後にふたり一緒に床に滑り込んだ。ケイナが膝を押さえて呻いた。
「な…… なんで……?」
セレスは息を切らして後ろを見た。兄とユージーの姿がない。どこかで扉で遮断されたのかもしれない。
「火事でもないのに、なんで?」
ケイナは腕のナビを確認したあと、再び膝を押さえた。
「おれがさっき撃ち過ぎて刺激したのかもしれない…… 別システムになってたんだ……」
ケイナは顔をしかめてつぶやいた。
ケイナの押さえる足を見てセレスは顔を歪めた。
ケイナはベッドから落ちた時に打った足がまだ治ってなかったんだ……。
もしかしたらかなりひどい傷め方をしているのかもしれない。
「とにかく奥に行くぞ」
ケイナはそう言うとセレスの腕を掴んで立ち上がった。
「兄さんとユージーは……」
セレスは何も見えない後ろを振り返って言った。
「あの人たちはプロだ。自分たちで何とかするよ」
ケイナは答えた。
「あの奥が最後の部屋だ」
目の前の暗い廊下を見てセレスはうなずき、 少し足を引きずるケイナの手をしっかりと掴んだ。