31-12 クローズ・アイズ

「バイバイ」
『ケイナ』の言葉を最後にぷつりと切れた通信に、カインは呆然と立ち尽くしていた。
部屋の中にいた者もみな静まり返っている。
「部屋の動力は…… 回復したのか……」
カインがかすれた声で言うと、ひとりの男がかぶりを振った。
「分かりません。でも、回復しても、気温維持と酸素供給の両方が復帰した可能性は低いでしょう…… 彼女が手にした接続線はどちらか一方の一本ずつです」
カインは何も映らない目の前の真っ白な画面に目をやった。
「どちらが回復していても、彼らの命はあと数時間です…… 彼女は……」
男は言いにくそうに言い淀んだ。
「彼女は、自分の体に生命維持の装置が埋め込まれていることを知っていたのかもしれません。自分自身が配線の一部になったんです」
「部屋の位置は……」
カインは尋ねた。
「詳しくは現地に飛ばないと分かりません。でも、上空映像で地表に出た様子が見られないので…… どんなに浅く見積もっても、数百メートル地下かと…… 堅い氷を掘り起こすのに…… 2日かかります。何より…… 今は着陸する場所もありませんよ……」
カインはイヤホンをとった。
生きているかもしれないのに、助けられない…… 助けられなかった……。
軍機が飛び立ったことだけは確認ができた。ユージーとハルド・クレイは無事だ。
……あのふたりが無事だっただけでも…… 良かったと思うべきなのかもしれない。
「ご子息」
バッカードが一枚の紙を突き出した。カインはそれを受け取り、文面を見て口を引き結んだ。
トイ・チャイルド・プロジェクトに関する全権委任状だった。トウ・リィからカイン・リィへ。
「いつから持ってたんだ……」
カインはバッカードを見た。バッカードは肩をすくめた。
「あなたが気を失った直後から。小僧っ子に何ができると思ってたんですよ。私は」
カインはバッカードから目をそらせた。
「最後の決断はご自身でしてください」
部屋にいる全員が自分を見つめている。その視線が突き刺さるように痛く感じる。
トウ。あなたは最初からこうするつもりだったのか? 全部分かっていたのか?
ならばなぜ、もっと早く…… なぜもっと早くぼくはトウに会わなかったのだろう……。
そうすれば、こんなことにはならなかったのに……。
「彼らはまだ生きている……」
カインは言った。しっかりしようと思うのに、声が震える。
「生きている命を諦めるのはぼくには途方もなく辛い…… でも、どうしようもない……」
だめだ、しっかりしなくちゃ…… カインは自分を落ち着かせるために深呼吸をしたあと、全員を見回した。
「トイ・チャイルド…… プロジェクトを解散…… します」
部屋の中は静まり返ったままだった。
「5日以内に当プロジェクトに関するデータ、使用コンピューターはすべて破棄、もしくは消去を行うこと…… プロジェクトに関わった者すべてについては今後リィ、もしくはカートの監督下におかれます。個人的なデータは一切持たないように ……詳細は明後日、文書にて…… 通達します ……以上」
最後のカインの声が響いたあと、部屋の中は沈黙が続いていたが、最初のひとりが立ち上がって部屋を出ていくと、次々にそれに続いてみなが出て行った。
カインはそばにあった椅子に腰をおろし、目の前の真っ白い画面を見あげた。
何も映らない。この向こうに生きている命があるのに…… 何も映らない。
「ご子息」
最後に残っていたバッカードがカインに言った。
「私は退任したいと思っているんですがね」
「それはカートに言ってください」
カインはバッカードをちらり見てかすかに笑みを浮かべた。
「ホライズンはもうすぐリィの管轄じゃなくなる。プロジェクトの事後責任はリィで担うことになるかもしれないけれど、ホライズンの人材管理はおそらくカートだ」
バッカードはうなずいた。
カインは胸のポケットに手を触れて、セレスのブレスレットを取り出した。これも処分してしまわないといけない……。
「あなたが持っておられましたか」
ブレスレットを見たバッカードの言葉にカインは思わず彼の顔を見上げた。
「トイ・チャイルドの認識票です」
バッカードはカインの手のブレスレットのプレートを指した。
「その緑色の石はデータ保存メディアなんですよ。遺伝子情報はすべてそれに入っている。特定のレコーダーで読むんです」
「お疲れさまでした。無理を聞いていただけて感謝しています」
カインはバッカードに言った。バッカードはかすかに口を歪めると踵を返し、部屋を出ていった。
今頃分かってどうする……。
カインはブレスレットを見つめてそれを目の前のデスクに置き、椅子の背もたれに身を預けた。
必死になって走って辿り着いた先がこれか……。
誰もいなくなった。ケイナ、セレス、アシュア……。
ぼくらの生きてきた道はなんだったんだろう。どうしてぼくだけがここにいるんだろう……。
途方もない喪失感と疲労感。
どうしてぼくだけが…… ここにいるんだろう……。
腕につけた通信機がいきなり鳴ったので、カインはびくりとした。身を起こして受信すると、ジュディの姿が映った。
「カインさん、いい知らせですよ!」
ジュディは顔を上気させていた。
「船ね、修理できそうなんです。探したら、パーツ持ってるところがあったんだ」
思わず漏れそうになる嗚咽をかろうじてこらえた。
「ありがとう」
声を絞り出すように答えた。
「カインさん?」
「急がないから…… 頼むよ。きみの操縦で…… 行かせてもらうから」
「分かりました。また連絡します」
ジュディの姿が消えたあと、カインは顔をあげて再び白いままの画面を見た。
しばらくそれを見つめたあと、デスクに置いたブレスレットを持ち上げポケットに入れた。
そして画面に背を向けると部屋をあとにした。

 リアは大きな揺れに思わずアシュアの手を放してテントの床にひっくり返った。
揺れは1分も続かなかったが、こんな大きな地震を体験したのは初めてだ。
アシュアの体がまだベッドの上にあることを確かめると、彼女は慌てて外に出た。
子供たちが怯えて泣いている以外は大きな混乱はない。崩れているテントもなかった。
「怪我はなかった?」
背後で聞こえたリンクの声にリアは振り返った。
「震源からは離れているし、高いところにいるから津波の心配もしなくていいよ」
「どうしてそんな、わけ知り顔をしてるの?」
リアは眉をひそめてリンクを見た。
「ほかの人たちどうしてあんなに落ち着いてるの? ここではこんな地震は日常茶飯事ってわけ?」
リンクは困ったような顔をした。
「何を隠して……」
リンクに掴みかかろうとした途端、リアは背後から誰かにしがみつかれてぎょっとした。
「相変わらず怒ってンなあ……」
「ア……」
自分の肩に乗せられた腕を見てリアは声をなくした。
「リンク、久しぶり」
「お帰り。アシュア」
リンクは今にも泣き出しそうな顔で笑みを浮かべて答えた。
「リア…… ごめんな。おれ、助けてやれなかった……」
リアは自分の髪に顔を埋めるアシュアの顔を振り返ることができなかった。
「あいつらを助けてやれなかったんだ……」
アシュア、いったい何を言ってるの?
リアはアシュアの腕に手を伸ばした。
あったかい。アシュア、生きてる…… 生きて話してる…… 涙がこぼれ落ちた。
「トリは生きてるって言ってるんだ。必ず迎えに行こうな……」
リアは声をあげて泣いた。